日本中で「地価の急上昇」が大発生…日本人が「いまの土地に住めなくなる」事態が急増する「深刻な大問題」
「暮らしの体系」が解体される
ジェントリフィケーションは、グラウンドセオリー、あるいは1つの大きな物語では捉えきれない、ローカルな背景や固有性が表出する現象でもある。近年、「ジェントリフィケーションの地理学」が提唱され、世界各地で生じる一見して同様の現象が持つローカル性の解明に注目が集まっている。 ジェントリフィケーションの影響は、経済的な側面にとどまらない。強いられた転居とそれに伴う住環境の悪化は、私たちの生活の質を低下させる。 また、地域コミュニティの崩壊を引き起こし、当該地区で暮らしていた従前の住民に経済的な価値指標では測ることのできない多大な影響を与える。 気付けば隣人が入れ替わり、馴染みの酒場や喫茶店など、行きつけの商店が姿を消していく中、それまで機能的かつ有機的に結びついていた、人々の「暮らしの体系」が解体されていく。代替不能な「コミュニティ」が不可逆的に失われていくのである。 ジェントリフィケーションは、税収の増加により地方政府に寄与したり、地区によっては治安の改善といった効果も認められよう。しかし、ハーレムからの立ち退きを強いられた黒人の住民や、ブルックリン・ハイツから姿を消した労働者階級と中流階級の住民は一体どこに消えたのだろうか。 さらに、彼・彼女らが長い年月をかけて築き上げた、近所付き合いや地域コミュニティの解体・喪失の経験は、都市開発や経済発展を掲げたマクロスケールの高邁な理想に比べて、取るに足らない瑣末な事柄として済まされて良いことなのだろうか。
日本に迫るジェントリフィケーション
こうしてアメリカの事例をみた時、現実味を持って理解することは必ずしも容易ではないだろう。それでは、これまで欧米で認められてきた上記の現象を昨今の日本に照らしてみた時、どのようなことが見えてくるだろうか。 筆者らの調査によれば、前述した富良野市北の峰町では、実際に不動産業者へ家屋を売り渡す事例が増加し、「家屋」という点的なスケールではなく、「地域」という面的なスケールでの変化が進んでいる。 都市部に目を向けると、周辺の家賃相場の値上がりを理由に、東京都新宿区にある築6年・1K・25の部屋の賃料が14.4万円から16.0万円に値上げされた事例が報告されている7)。また、文京区の築30年・2LDK・78の部屋は17.9万円から19.5万円へと、こちらも賃料が約1割値上がりしたという。 さらに、大阪市の日本橋エリアにおいては、築35年・3DK・55の部屋の賃料が9万円から18万円へと倍増される予定になり、転居を余儀なくされた借主の事例が伝えられている8)。 この物件の所有者は、民泊への転換を本来の目的としており、既存の住民を追い立てるために法外な賃料を設定したという。このように、賃貸物件から民泊物件へのコンバージョンも、従前住民の放逐に拍車をかけている。観光立国化の暗部ともいうべき現象といえよう。 以上のように、日本においても、ジェントリフィケーションの萌芽が認められることは、残念ながら厳然たる事実のようである。また、それは日雇い労働者の生活地区(大阪・西成地区、東京・山谷地区、横浜・寿町)など、特異な地区の事例ではなく、幅広い地域・地区で生じている。ジェントリフィケーションを「対岸の火事」から「我が事」として考える時が、日本にも到来してしまった。 さらに連載記事<多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体>では、日本に迫る危機的状況をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。 1)国土交通省(2024)令和6年地価公示https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/tochi_fudousan_kensetsugyo_fr4_000001_00 194.html 2)マンション賃料インデックス:公表資料.アットホーム株式会社.https://business.athome.jp/mansionchinryoindex/kohyo2406.pdf 3)Glass, R. (1964) Introduction: Aspects of change. In Centre for Urban Studies Ed.London: Aspects of change. London: MacKibbon and Kee. 4)Schaffer, R. and Smith, N. (1986) The Gentrification of Harlem?Annals of the Association of American Geographers76(3): 347-365. 5)Furman Center for Real Estate and Urban Policy (2024) Central Harlem: Neighborhood Profiles. https://furmancenter.org/neighborhoods/view/central-harlem#demographics 6)Lees, L. (2003) Super-gentrification: the case of Brooklyn Heights, New York City.Urban Studies40(12): 2487–2509. 7)フジテレビ(2024)【高騰】「収入上がらないのに値上げ…」東京23区の家賃が“過去最高”若狭弁護士「大家さんとの交渉は可能」.https://www.fnn.jp/articles/-/667284?display=full 8)カンテレ(2024)突然マンションの家賃が2倍に…相場10万円なのに18万円!? 管理会社は一方的に通告「値上げはオーナーの意向です」 本当は『民泊』への転用が狙いか. https://www.ktv.jp/news/tsuiseki/240606-yachin/s
髙橋 昂輝(北海道大学 准教授)