【文理融合】「榎本石鹸」~明治初期の記録を読み解き、当時の製造法で復刻 沼田ゆかりさん
「史実に基づく」実験の困難を味わう
―「榎本石鹸」のこれからの目標は。
かつての「高商石鹸」は、国内製品で一、二位を争うほどの人気ぶりだったようですから、「榎本石鹸」も人気商品に育てたいですね。小樽は歴史的なものを非常に大切にしている街で、研究にご協力くださる企業も多いので、やはり地域に貢献したいのです。いま、マーケティングの先生に参画してもらって、プロジェクトは4年目も続きます。
―文理融合研究ゆえの難しさと手応えは。
苦戦の連続でした……。「石鹸製造法」に出てくるカタカナが、何を指しているのかわからない。オランダ語であろうと予測しても発音が若干異なるものもあり、オランダ語から日本語へと変換する連想ゲームのようでした。また、すべてオランダ語かと思えば、フランス語が混在している。手法が解読できても、細かい温度設定や時間設定は書いていない。「マルセリヤンセセープ製法」に至っては、手法に抜けている箇所がある。表に記載された材料の配合で作っても石鹸にならない。「史実に基づく」実験がいかに困難を極めるか。完成したときは、やっと形になった!と、ほっとしました。
文理融合の難しさと面白さを感じたのは、石鹸に対する意識の違い。歴史学の立場からは、「史実に忠実な復刻」に意義があると主張する。でも、化学の立場から言わせてもらえば、いまの石鹸の性能に劣るものを商品化しても売れません。侃侃諤諤の議論の末、復刻版・リニューアル版・リニューアル改良版という3種類の石鹸ができたのです。
学問と実業の橋渡し、殖産興業を主導
―今回明らかになった、化学者・榎本武揚の実力は。
つい最近、プロジェクトの成果をまとめた論文「榎本武揚の化学者的特性―石鹸製造への関心を中心に」が、化学史学会の会誌『化学史研究』にアクセプトされました。そこでは、榎本の化学に関する先進性・専門性を文書史料と実験結果を組み合わせて裏付けました。このような榎本の化学者的特性はオランダ留学時代に形成され、「石鹸製造法」を書いた獄中時代に成熟期を迎えたと考えられます。