浸水隠ぺいだけじゃない? JR九州「クイーンビートル」再開断念の裏側とは? 30年の航路を支えた苦闘を振り返る
LCC競争激化で高速船業績急落
2010年代に始まった格安航空会社(LCC)との競争が、決定的な打撃となった。2010(平成22)年にエアプサンが就航したことにより、高速船の価格優位性は失われた。さらに、翌年に金海軽電鉄が開業し、空港へのアクセスが改善されると、航空便の競争力は急速に高まった。 その影響は数字にも表れた。高速船の乗客数は、2007年度のピーク時の約60万7000人から、2013年度には半分以下の 「31万8000人」 に減少した。JR九州高速船は早期割引や半額キャンペーンを試みたが、次々に就航するLCCの前では、もはや太刀打ちできない状況となった。 厳しい状況を打破するため、JR九州は2022年11月に観光型旅客船という新たな路線を導入した。新型高速船「クイーンビートル」は、定員を従来の2.6倍となる502人に増やし、シートベルト着用も不要となった。デッキからの景観鑑賞や船内での観光体験など、付加価値のある路線への転換を目指した。 しかし、その成果は期待を大きく下回った。就航から1年間での利用者数はわずか9万5000人、乗船率は 「50%程度」 にとどまった。これは、コロナ禍前の2018年度に旧船が記録した約18万人の半分にも満たない数字だった。2023年のゴールデンウィーク以降、韓国からの観光客は戻りつつあったものの、円安の影響で日本人客の回復は遅れ、航空便との競争もさらに激化していた。 そして、この転換の切り札となるはずだった新造船で発生した浸水隠蔽問題により、すべてが終わりを迎えることとなった。
JR九州高速船の歴史的役割
近年の利用状況を見ると、多くの利用客がLCCに移行しており、航路廃止の影響は限定的である。 釜山航路においては、下関~釜山の関釜フェリーや博多~釜山の「ニューかめりあ」は、貨物輸送を中心とした安定した収益基盤を持つ。一方で、高速船による人の輸送に特化した需要は減少したといえる。 それでも、この航路が果たしてきた役割は重要であり、その意義は今後も語り継がれるべきである。現在、福岡市はアジアの玄関口として発展しており、訪れる外国人の9割以上がアジア諸国からで、そのうち韓国からの来訪者が60.3%を占めている(2023年)。この背景には、クイーンビートルをはじめとする長年にわたる海上輸送が果たした役割がある。 今後は航空路線が両国間の人的往来を支えることになるが、JR九州の高速船は福岡市のアジアのハブ都市としての発展に寄与した。この航路が担ってきた歴史的な意義は、依然として大きなものである。
碓井益男(地方専門ライター)