「会話を控え 音楽に耳を傾ける」日本のジャズ喫茶が起源? イギリスで盛り上がる「リスニングバー」文化…アナログ回帰や経済的側面も
ジャズ喫茶以外のルーツを持つリスニングバー
同じくリスニングバーの代表的な存在として11年の歴史をもつ『Brilliant Corners』は、ジャズ喫茶がルーツではないという。 立ち上げメンバーの一人、ロンドンでレコードレーベル『Time Capsule』を経営する鈴木恵氏に話を聞いた。このバーのオーナーであるパテル兄弟と鈴木氏が知り合ったのは、2005年から続くサウンドシステムにこだわる音楽パーティー『Beauty & the Beat』でのことだ。このパーティーで使われているようなこだわりのサウンドシステムを置き、音楽好きのためのコミュニティを作ったことが、現在のバーの始まりだったそう。 さらに、2016年にオープンしたリスニングバー『Behind This Wall』は、レコードの交換イベントがきっかけだ。小さなレーベルを招待し、音楽を楽しみながらお酒が飲める場所にした。 オーナーのアレックス・ハリス氏は、「才能ある地元のアーティストが活躍する場が欠如していることに不満を感じていたのが原動力。日本のジャズ喫茶の存在や『ダンス禁止』のポリシーは、イベントで繋がった音響オタクから初めて聞いた。世界の反対側で同じようなことをしている人がいると知るのは奇妙なことだ」と振り返った。
どうして今リスニングバーが人気なのか?
どうして今イギリスでリスニングバーが受けているのか。ここ数年の盛り上がりは、先駆者たちが登場した2010年代とは異なる動きがあるように見える。 理由の一つ目は、レコードの人気復活とともに挙げられるアナログ回帰だ。『Behind This Wall』のハリス氏は「もしレコードを買ったら、次はどんなレコードプレーヤーを手に入れるか考え始める。そしていい音楽を楽しむために、Hi-Fiオーディオについても興味が広がっていくのは自然な流れ」と指摘。 今年6月にオープンしたリスニングバー『JAZU』の共同オーナー、ロージー・ロバートソン氏は「ストリーミングサービスのプレイリストを自動再生するようなカフェやバーのありふれた音楽に、みんな退屈している。リスニングバーと名乗るかどうかに関わらず、音楽の選曲から再生するレコードプレーヤーまで一つ一つにこだわりがあることを意思表明するという意味で、音楽を楽しめる雰囲気を作ることが新たなトレンドなのかもしれない」と分析した。 ちなみに『JAZU(ジャズ)』という日本風の店名について、共同オーナーのジミー・ハマー氏は「日本のジャズ喫茶などがこだわりのオーディオで音楽を輝かせてきた歴史は、音楽への敬意と感謝の表れ。自分たちも提供するフード・ドリンク・音楽の全てにこだわりを持ちたい」という意味をこめたそう。 リスニングバーが受け入れられている二つ目の理由は、経済的な側面の後押しだ。 「コロナ禍以降、インフレなどで生活財政は厳しいものの、音楽を楽しみに外出したい欲求は高まった。しかしナイトクラブは高額で体力も使う。リスニングバーならその場の気分次第でふらっと来て音楽を楽しむことができ、大金を費やす必要もない」とハマー氏。 食事も提供している『JAZU』では、22時以降はテーブルを片付けダンスフロアにチェンジ。イベント入場料は取らない。もともとロンドンでは夜遅くまで開いているバーは少ないので、客も重宝している。ナイトクラブの客単価は平均して60~100ポンド。一方、『JAZU』では30~50ポンド程度だ。 イギリスのリスニングバーは、ジャズ喫茶の影響を大きく受けたものから独自の進化を遂げたものまで様々。スマホ一つで手軽に楽しめるようになった音楽を、あえて特別な存在として楽しむ選択肢を提示してくれている。 (執筆:FNNロンドン支局 長谷部千佳)
長谷部千佳