起立性調節障害に睡眠医療を―思春期の「朝起きられない」問題、薬で改善の可能性
思春期に多くみられ、長期の不登校や引きこもりの引き金になることもある起立性調節障害。多くが睡眠の問題を同時に抱えているが、特に朝適切な時刻に起きられない症状はこれまで治療が難しかった。近年、睡眠医療からのアプローチで、治療薬による起床時刻の調節が期待できるようになってきた。ところが、多くの患者が最初に受診する小児科では、こうした治療法がほとんど浸透していないという。思春期の「朝起きられない」問題に対する薬を使った治療の方法や効果、治療薬によって覚醒が“正常化”するメカニズムなどについて、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の神林崇教授への取材を基にまとめた。 動画による神林教授の解説
◇薬による睡眠治療が「よい循環」のきっかけに
13歳ころから頭痛と倦怠感、立ちくらみが出現して小児科を受診。約半年後に起立性調節障害と診断された14歳女性の症例である。 治療前は、22時ごろに布団に入ってもなかなか寝付けず、朝は9~10時まで起きることができないため学校に行けずにいた。入眠を助ける「メラトニン」と、起床を調節するために低用量の「アリピプラゾール」で治療を開始した。投与3日目から22時には入眠、朝は7時に起床できるようになり、1カ月後には休日を除いて睡眠習慣が固定され、頭痛がなければ朝から登校できるようになったという。 「治療を始めてから週に2、3回は朝から登校できるようになったとのことです。すぐに朝シャキッと起きて毎日学校に行けるわけではありませんが、朝起きるのが少し楽になり、よい循環のきっかけになるのではないかと思います」と神林教授は治療の効果を解説する。
◇中高生の約10%が起立性調節障害と推定
日本小児科学会は、軽症例を含め約70万人の起立性調節障害患者がいると推定している(「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人期移行に関する調査報告書」<2016年5月>)。これは中高生の約10%に相当する。患者は立ちくらみ、失神、倦怠感、動悸、頭痛などの症状がみられるほか、朝の起床困難や夜の入眠困難など睡眠に関する問題を併発している場合も多く、起立性調節障害の86%で朝の起床困難が認められると報告されている。 若年層に多くみられる、極端な夜更かしと遅起きは「睡眠・覚醒相後退障害(DSPS)」という別の病気と定義される。神林教授は「睡眠医療の立場から見ると、起立性調節障害の患者の大部分は併存症としてのDSPSとも診断が可能と考えられる」という。 起立性調節障害の主症状である起立時の血圧低下や血圧の維持困難については、血管にある交感神経を刺激して血圧を上げる作用がある「ミドドリン」が処方されるが、睡眠の問題には効果がない。これまで入眠を助ける薬はあったが、「朝適切な時刻に起床できない」という症状は治療が非常に困難とされてきた。しかし、抗精神病薬の「アリピプラゾール」によって起床困難の改善が期待できるとする報告を、岡山大学大学院精神神経病態学教室の高木学教授が2014年に医学誌に公表した。同時期から神林教授もアリピプラゾールの有効性に気付き、治療を始めていたという。 神林教授らの研究グループはDSPS患者に対して2~4週間、アリピプラゾールを用いて治療したところ、12人の患者の平均で就寝時刻が1時42分から0時36分に、起床時刻が9時36分から7時24分にそれぞれ早まり、睡眠時間が8.2時間から6.9時間に短縮されたという研究結果を2018年に発表している。