起立性調節障害に睡眠医療を―思春期の「朝起きられない」問題、薬で改善の可能性
◇新型コロナ後遺症による過眠にも効果
起立性調節障害やDSPSと直接関係はないが、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の後遺症としてまれに過眠になるケースがあり、そうした症状の起床時刻調節にもアリピプラゾールは効果が期待できると神林教授はいう。「新型コロナの後遺症は症状が多岐にわたり、こうしたケースはほとんど知られていないのではないかと思います。比較的若い人に多く、新型コロナ感染後に1日14~15時間寝てしまうようになった方が、アリピプラゾールで治療したところ朝起きて学校に行けるようになったというケースがありました。思い当たる症状がある方は、同じように睡眠学会の認定専門医療機関を探して受診してみるとよいでしょう」。
◇アリピプラゾールが覚醒を促すメカニズム
アリピプラゾールがなぜ覚醒を促すのか、そのメカニズムについても解明が進んでいる。 アリピプラゾールは神経伝達物質の1つ「ドーパミン」の量を調節する作用がある。脳内でドーパミンが過剰に放出されているときにはそのはたらきを抑えることにより鎮静などの作用が現れる。逆に不足しているときにははたらきを補い、気分を向上させるなどの方向で作用するとされる。DSPSの治療に用いるような低用量ではドーパミンが活性化されることで長時間の睡眠を短縮する効果があると考えられるという。 ただ、これだけではなぜ朝の起床を早めるのかは説明できない。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の李若詩・日本学術振興会特別研究員らによって行われた実験で、アリピプラゾールは直に脳の視交叉上核に作用していることが明らかとなった。視交叉上核は、外部からの刺激がなくとも、ほぼ24時間サイクルの「概日リズム」をつかさどる“最高位”の体内時計である。しかし、DSPSの場合には、同核からのシグナルが強く、かつ後ろにずれているため、日常の明暗サイクルに合わせるのが困難になっている。 生物の体内時計は1つだけではなく、脳のほかの部位や体細胞にも存在する。普段は視交叉上核からのシグナルに同期しているが、それがアリピプラゾールの投与により弱くなれば光の明暗や食事、親に起こされるなどの刺激で正しいサイクルに同調しやすくなる。「遅れてしまっていた視交叉上核のシグナルから離脱して普通の生活リズムに合わせやすくなるのが、アリピプラゾールの作用メカニズムと考えられます」と神林教授は説明する。 アリピプラゾールは統合失調症や双極性障害(躁うつ病)など精神疾患の治療薬として承認されているため、使用に不安を感じることがあるかもしれない。神林教授は「早起きを促すために使う量は、精神疾患の場合の10~20分の1という微量です。もともと大量に長期間服用しても大きな弊害は認められていないので心配はないと思います。アリピプラゾールは精神疾患にも用いられる薬ですが、起立性調節障害は精神疾患ではありません」と話す。 また、一生服用を続けなければならないということもない。起立性調節障害やDSPSの原因となる発育の遅れていた脳内の部位が体の成長に追いつく20歳過ぎごろには、服薬をやめられる可能性が高いという。神林教授は「医師と相談しながら薬の量を調節して様子を見て、状態がよくなっているようなら徐々に減らしていくことが大切です。加えて、これまで起立性調節障害で実践されてきた非薬物治療との組み合わせが非常に重要になると考えています」と指摘する。
◇「リズム障害」キーワードに情報収集を
神林教授は、朝起きられずに困っている当事者やその家族へのメッセージとして「『リズム障害』というキーワードで調べてみると、『起立性調節障害』だけで調べたときとは異なるさまざまな情報に出合えるのではないかと思います。納得できる治療があれば、それを受けることを検討してもよいのではないでしょうか」と述べた。
メディカルノート