ラグビー元日本代表・田中史朗が「最後のワールドカップ」で南アに完敗、その夜に流した「幸せの涙」
それが、彼にできる精一杯の感謝だった。 全速力でダッシュすれば1分程度で走りきれてしまう距離を、選手たちはゆったりと歩いた。田中は、かつてエディー・ジョーンズ(編集部注/2015年W杯日本代表の指揮官)が言っていたことを思い出した。 「他の国で、選手に100メートル走を100本やれって命じたとする。みんな、中指を立てて家に帰るだろうと。でも、日本人は違う。文句を言いつつも、きっちり100本をやりきろうとして、実際に、やる。そこが日本の強さ、強みやぞってことを、ずっと言ってましたね」 やれと言われればやるのが日本人の特徴、強みだとしたら、桜のジャージを着た外国人たちにも日本人と同じ対応を求め、そして、日本人と同じようにやるようになったのが、エディー以降の日本だった。 ● 笑顔でパレードを終えた仲間 ひとり目が真っ赤な田中 だが、エディー・ジョーンズだろうがジェイミー・ジョセフ(編集部注/2019年W杯日本代表の指揮官)だろうが、世界のどんな名将から全力でのダッシュを命じられたとしても、この場、この時、12月11日の仲通りでだけは、さしものジャパンの選手たちも命令に抗ったかもしれない。早く終えてしまうにはあまりにも惜しい、というより、永遠に終わってほしくないパレードを、田中たちは味わっていた。
残念ながら、田中たちの望みをかなえるには、仲通りはあまりにも短かった。笑顔でパレードを終えた仲間には、テレビ局のマイクが向けられた。リーチ、稲垣、福岡、松島――ワールドカップで印象的な活躍を見せた選手たちが、如才なく質問に答えていく。 ワールドカップでの田中は、主力として活躍したわけではない。先発出場は一度もなく、誰の目にもわかりやすいトライやゴールといった得点を記録したわけでもない。それでも、1人目を真っ赤にしてパレードを終えようとする小柄なスクラムハーフを、テレビ局としては放っておけなかったのだろう。インタビュアーが問いかけた。 「いま、どんな思いですか?」 まるで1試合を終えたかのようなしわがれた声で、田中は答えを絞り出した。 「……いや、もう、ホントに、2011年、ぼくたちが不甲斐なくて日本のラグビーを落としてしまったという思いしかなくて、なのにこんだけのみなさんが集まっていただけて、ホントに嬉しいです。ほんっとに……」 感極まる田中を前に、聞く側もセンチメンタルな感情が刺激されたのだろう。続けられたのは、質問というより、田中に寄り添おうとするような言葉だった。