「積乱雲」の「発生条件」には「熱」が必須…あまりにも意外過ぎたその「熱源」の「正体」
---------- 「謎解き・海洋と大気の物理」、「謎解き・津波と波浪の物理」で知られるサイエンスライター保坂直紀氏による『地球規模の気象学』。 風、雲、雨、雪、台風、寒波……。すべての気象現象は大気が動くことで起こる。その原動力は、太陽から降り注ぐ巨大なエネルギーだ。 赤道地域に過剰に供給された太陽エネルギーは大気を暖め、暖められた大気は対流や波動によって高緯度地域にエネルギーを運ぶ。 ハドレー循環やフェレル循環、偏西風が、この巨大な大気の大循環の中心を形作る。大気の大循環を理解すれば、気象学の理解がより深まるはずだ。*本記事は、保坂 直紀『地球規模の気象学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。 ---------- 【画像】「積乱雲」の寿命がまるで「生きもの」…なんと「子」や「孫」も育てる!
水蒸気も「熱源」だ
これまで、安定な大気と不安定な大気のお話をしてきた。だが、じつは、いま説明した「不安定」だけでは、大きな積乱雲やハドレー循環ができるほどの大規模な上昇気流は起きない。上昇気流をともなう対流が起きたとしても、ごく局所的な小さなもの。エネルギー不足といってもよい。大規模な上昇気流が起こる舞台には、「水蒸気」というもう一人の役者が必要だ。 さきほど、水蒸気は温室効果ガスだと説明した。これは、大気に含まれる気体の水蒸気が長波放射を吸収するという話だった。水蒸気は、これとはまったく別のしくみで、熱を蓄えたり放出したりする。気体の水蒸気が液体の水に姿を変えるとき、大気中に熱を放出するのだ。この熱が規模の大きな対流を駆動するエネルギーになる。 皿に満たしておいた水は、放っておくと知らないうちになくなっている。液体の水が「気化」して気体の水蒸気になったのだ。このように液体の表面から気化が起こる現象を「蒸発」という。水を熱すると蒸発がさかんになることからもわかるように、液体の水が気化して水蒸気になるとき、熱を吸収する。この吸収する熱を「気化熱」という。 逆に、気体の水蒸気が冷えると液体に戻る。これを「凝結」という。そのとき、さきほどの気化熱に相当する量の熱を、こんどは放出する。この放出する熱を「凝結熱」という。 さきほどの乾燥断熱減率の話では、水蒸気を含まない空気を想定していた。だが、実際の大気にはいくらかの水蒸気は含まれている。わたしたちがふつう「湿度」というとき、それは、その温度の空気が含むことのできる最大量の水蒸気に対して、いま何%の水蒸気が含まれているかを指している。 空気が含むことのできる水蒸気の量は、温度が高いほど多い。したがって、ある量の水蒸気を含む空気の塊が上昇して温度が下がると、その水蒸気量は、どこかの時点で、この空気の塊が含みうる最大の水蒸気量になってしまう。それより多い水蒸気を含むことは温度が許さないという状況になる。この温度を「露点」という。まさに、気体として含まれていた水蒸気が液体の露に変わる温度だ。 その温度に対して多すぎる水蒸気は、液体の水にならざるをえない。こうしてできる微小な水滴の集まりが雲だ。そしてこのとき凝結熱を放出する。 空気の塊を上昇させると膨張して温度が下がる。水蒸気を含まなければ、その低下の割合が乾燥断熱減率だ。空気が水蒸気を含み、温度の低下にともない雲をつくりながら上昇を続けると、もちろん温度は低下していくが、その低下の割合は乾燥断熱減率より小さい。放出される凝結熱が、温度低下の一部を相殺してしまうからだ。このときの温度低下の割合を「湿潤断熱減率」という(図2ー12)。 こうしてみると、水蒸気は、たんに空気を湿らすだけではなく、液体の水に変わったときに発熱する熱源になっている。しかし、気化するときに受け取った熱はすぐには使われず、凝結して液体になるときに、初めて熱となって空気を加熱する。熱を出す能力をもつ気体として空気中に潜んでいるのだ。 物質が固体・液体・気体のいずれかの状態から別の状態に移るときに放出・吸収する熱を「潜熱」という。対になる言葉は「顕熱」で、こちらは物体の温度を変化させるのに使われる熱だ。 熱帯や亜熱帯の海は、海面水温が高く、蒸発もさかんだ。そのため、大気は水蒸気をたっぷり含んでいる。気温が高いだけでなく、気温としては表れない水蒸気の形で潜熱をたくさんもっている。上昇気流を起こす能力をじゅうぶんに秘めた大気なのだ。