「積乱雲」の「発生条件」には「熱」が必須…あまりにも意外過ぎたその「熱源」の「正体」
熱源に変身するスイッチは突然に
水蒸気に潜熱として蓄えられたエネルギーが熱に変わる条件が整うと、その空気は性格が一変していっきに上昇し始める。対流圏の上端に達する高さ十数キロメートルもの巨大な積乱雲が生じるのも、このしくみがあってこそだ。 いま、一定量の水蒸気を含んだ空気の塊が、なにかの理由で上昇を始めたとしよう。山があってその斜面を風として駆け上るのでもよいし、あちらとこちらから水平に動いてきた空気どうしがぶつかって上昇するのでもよい。とにかく、なんらかの強制力がはたらいて空気の塊が持ち上げられたとする。 高度が増すごとに気圧は下がり、この空気は膨張して温度も下がる。だが、最初の段階では、まだ含みうる水蒸気の量に余裕があるので、水蒸気は凝結せず雲もできない。したがって、凝結熱もでない。水蒸気を含んではいるが、乾燥断熱減率で上昇していく段階だ【図2─13(1)】。 やがて、この空気の温度は露点に達する(2)。これより高い高度では、この空気はいまの水蒸気を含みきれない。したがって、さらに持ち上げると、この空気は余分の水蒸気を液体の水に変える。水蒸気が凝結するのだ。現実の大気では、空気の塊が、なんの強制力もなくこの高度まで上がってくることは、ふつうない。持ち上げてやらなければならない。そこで、この高度を「持ち上げ凝結高度」という。持ち上げてやって凝結が始まる高度だ。 この高度になって、水滴の集まりである雲が初めてできる。空に浮かぶ雲の底がこの高度だ。この時点では、空気の塊は周囲の気温より低く、まだ浮力を得ていない。 持ち上げ凝結高度を超えて空気の塊を上昇させると、状況は一変する。こんどは凝結熱を出しながら湿潤断熱減率で温度が下がっていく(3)。空気に含まれていた水蒸気が熱源としてはたらくスイッチが入り、ゆるやかに温度が下がっていくわけだ。 一方、周りの大気は、高度が増すとともにあいかわらず気温が下がり続けている。やがて、上昇する空気の塊の温度と周りの大気の温度がおなじになる(4)。この高度を「自由対流高度」という。 なにが「自由」なのか。この高度までは、空気の塊のほうが周りの大気より冷たかったので、なんらかの強制力で持ち上げてやらなければ上昇できなかった。だが、ここから上では空気の塊のほうが周りの大気より暖かいので、軽くなって放っておいても上昇する。上昇しながら凝結熱を出し、その結果、ますます上昇していく(5)。原因が結果を生み、その結果が原因となってさらに結果を進める。つまり正のフィードバックだ。ここまで来てしまえば、放っておいても空気の塊は自分で自由に上昇する。対流が活発になる。 当然ながら、空気に含まれている水蒸気の量が多ければ、上昇してすこし温度が下がっただけで露点に達してしまう。雲の底も低くなる。梅雨どきの日本列島には南の海から多量の水蒸気が供給されており、ちょっとしたきっかけで激しい上昇気流が生まれて豪雨になる。水蒸気は雨をつくる材料であると同時に、上昇気流を生む熱源になる。背の高い積乱雲や低緯度で起こる規模の大きい上昇気流には、水蒸気の熱源としてのはたらきが欠かせない。 さらに連載記事<じつは暑い「赤道直下」ではなく、地球の緯度30度前後に「砂漠が集中」している「意外すぎる理由」>では、地球の気象法則について詳しく解説しています。
保坂 直紀(東京大学大気海洋研究所特任研究員)