栃木の108歳女性が「世界最高齢の理容師」に認定された日 裸眼で90年以上使い続けているハサミを操る
それでわたしも、「お父ちゃんがそう言うなら、やってみようかな」って思ったんです。不思議ですね、108歳を迎えようとする今、前にも述べましたが、これは本当に父の予言でしたね。 それで、ひとりで上京したのが14歳でしたから、思えば、この道94年になりました。特に憧れた職業でもなかったんですけれど、気がついたらこの仕事が大好きになっていました。 散髪して顔を剃って、きれいになればお客さんが喜んでくれますからね。人に喜んでもらえるとわたしもうれしいですから。やり甲斐を感じるようになっていって、今に至っています。
人の話を聞くのが好きですから、お客さんが話すことを聞くのも楽しいです。「話を聞いてくれてありがとう」なんて言って帰るお客さんもいますし。知らないことを教えてもらったりもしますよ。そして、マイナスになるようなこととか、人の悪口とか、よくない噂話に乗るようなことは言わないようにしています。 どなたにもけがれのない言葉でおしゃべりをして、顔も頭も心までもすっきりきれいになって、ご機嫌で帰ってもらえるように心がけています。そうすれば、その方はまた次も来てくださいますから。
今でもテレビを見ながら「最近はこんな感じの髪型が流行っているんだな」なんて思います。やっぱり好きなんですね。興味があって、髪型に目が行くようです。家族からは「その年になっても、人の髪型が気になるの?」なんてからかわれますけれど、職業病というか、気になるものは気になってしまうんですね。 「あの髪型はどう切るのかな?」とかね、思いますね、やっぱり。まあ、わたしのところに来てくれるお客さんで「流行りの髪型にして」なんて注文する人はいらっしゃいませんけど(笑)。
手元に、90年以上使い続けているハサミがあります。戦火も一緒にくぐり抜けてきた私の宝物です。眼鏡バサミと呼ばれるハサミで、今のハサミのように小指をかけるための飛び出した部分が付いていないんです。大昔の鋼ですから重たくて、手が疲れますけれど、このハサミじゃないと切れないときがあります。 ■右手にハサミ、左手にコームを持ったまま死にたい 研いで研いで、刃がずいぶん擦り減って長さがとても短くなっているんですよ。最初の半分ぐらいしかないでしょう。もう、わたしの分身のような気さえしています。「ああ、このハサミと一緒にやってきたんだなあ」としみじみ思います。ですからね、死ぬときにはこのハサミを握ったまま死ねたら本望です。
「右手にハサミ、左手にコームを持ったまま死にたい」なんて、わたしがそう言いますと、家族も友だちもお客さんもみんな笑います。「冗談でしょう?」なんて言われますけど、わたし、本気でそう思っているんです。 けれど、「ちょっとカッコ良すぎるかな?」という気もして、最近はあまり言わないようにしています。 でも、本当にそうなったら最高ですね。
箱石 シツイ :理容師