コロナ禍前後で学力に変化は見られたか?
もう一つの研究では、「OECD(経済協力開発機構)生徒の学習到達度調査」(PISA)の18年と22年の個票データを合併して分析した。前述の学校パネルデータ研究とは違い、同一の生徒を追跡したデータではないが、日本では義務教育を終えて約3ヵ月時点の全国の高校1年生を対象とした抽出調査なので、パンデミック未経験の高校1年生とコロナ禍中に中学2年と3年を過ごした高校1年生を比較できる。 結果をまとめると、SES上下位25%層間の学力格差は、コロナ禍前の18年と比べて22年において数学は拡大、読解力と科学は僅かに拡大していた。また、SES下位25%層と比べて上位25%層は18年よりも22年において生活満足度が高まり、いじめ被害報告も減ったが、いずれも変化の程度は小さい。 表2は検討した指標の中で最も格差の拡大が顕著だった数学の結果の一部だ。親の職業・学歴や家庭の蔵書数などで構成される生徒SESを各時点で4層に分類し、18年と22年の習熟度レベル別の生徒割合を示した。日本全体の平均学力は2時点間で変化はないのだが、SES上位25%層は他SES層と比べて元々小さかった低学力者割合が減少し、大きかった高学力者割合が増加した。SES上位層の学力が向上する形でのSES格差拡大を意味する。ただ、学校パネルデータ研究と同じく、コロナ禍前の時点のSES格差が大きいので拡大幅は限定的といえる。読解力と科学も拡大していたが、その程度はかなり小さい。 二つの研究を総括すると、コロナ禍は人類史に刻まれる未曽有の事態だったが、日本の教育格差に劇的な変化をもたらしたわけではない。政治、行政、メディアを含め「変化」に焦点を置いた議論が散見されるが、客観的な全国を対象としたデータで確認できるのは、元から存在する教育の不平等がコロナ禍を経て僅かに拡大した姿である。「変化」ばかりに着目すると、まるでコロナ禍前から一貫して存在してきたSES格差が政策課題に値しないかのような扱いになり得る。拡大分も重要だが、以前から存在するSES格差を改めて政策課題として俎上に載せるべきではないだろうか。 (『中央公論』2024年10月号より抜粋) 松岡亮二(龍谷大学社会学部准教授) 〔まつおかりょうじ〕 ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。早稲田大学准教授などを経て、2022年度より現職。早稲田大学リサーチアワード「国際研究発信力」(20年度)などを受賞。著書に『教育格差』など。近刊に共編著『現場で使える教育社会学』『東大生、教育格差を学ぶ』。