にしおかすみこの認知症の母、自らの糖尿を気にしてダウン症の姉とダイエットを考える話
比較的、荒れた日
とある日の真夜中。 毎度の父の怒声。「おまえがボケレ使いモロにならなヒから。お姉ちゃんが可哀想ラから。僕はお姉ちゃんロためラケに買ってるんラ!」いつも以上に呂律が回っていない。 母が「お姉ちゃんが下痢して、ウ○○垂れ流してるの始末したことあるんか! 糖尿になったらどうするんだ! こっちは栄養考えて、ちゃんとやってんだよ!」 このほぼ同じくだりばかりを何度も何度も、ふたりで永遠繰り返している。 私は2階の自室のベッドで聞きながら思う。そういうTikTokなのかい? 仲裁に入る気はないが、トイレに起きた。姉が寝息を立てて爆睡している。強い。 用を済まし自室に戻る手前で、母の声が聞こえないことに気づく。また父にやられているのか? 行きたくはなかったが、足が勝手に階段を下りる。 薄暗い台所から、灯りの漏れてくる仕切りカーテンをめくり居間を覗いた。 母は座椅子で腕組みをし座っていた。私に気づき、向こうを見ろと顎をしゃくる。 父が明後日の方向を見ながら「なんラァ! お姉ちゃんその目は! おまえまレ、そんな目をするロカ! ジッとしやがって! 言いラいことがあるなら言いなさい!」 そこに姉はいない。誰もいない。 更に「聞こえない! 聞こえるようり言え! いやなら全部捨てろ! それレおしまいラ!」誰も喋っていない。 何かあったときの為に、動画で押さえておくべきか。……何かって? 怖い。
立ち尽くしていると
立ち尽くしている私のパジャマの裾を誰かに引っ張られた。勿論、座椅子に座る母なのだが、急に下から手が伸びてきたので、デェェェ! と声にならない声、いや魂が出そうになる。 老婆が「大丈夫。相手にしない。寝るよ」と腰を上げ、ノソノソと2階へ上がって行く。……そうなの? ローテーブルにはレジ袋が1つ乗っている。そっと手に取り台所に運ぶ。中は溶けた箱入りアイス、間もなく賞味期限が切れるコンビニの握り鮨パック、先の実が潰れ、汁の漏れている6分の1カットのスイカ、潰れたコロッケ2個。 全部捨てた。 もう一度、父を見た。 煌々と照らされた灯りの真下で、見えない姉に吠え続け、たまにシャドーボクシングをしてヨタついている。……ホログラムだったりしないかな。現実として受け入れ難い。そのまま置き去りにし、私も階段を上がったら、寝室で老婆がスヤスヤと寝ている。早い。あんたら凄いねと姉と母の寝顔を見つめる。 自室のベッドに入り薄い掛布団を頭から被る。私は繊細だから、そんな簡単に寝られるわけが……あった。いいね、私。