北参道のフレンチの名店「シンシア」のシェフがひらめきを求めて通う、家族も喜ぶ行きつけとは?
バカール時代になるが未曽有の震災が起き日本中が沈んでいた頃、料理を作っていていいのかと自問したこともあったというが「そんなときに訪れたお客様が『おいしいものを食べて元気になれました。明日からまた頑張れます』とおっしゃって、改めて食の力のすごさを感じ、自分の仕事を誇りに思いました」と石井氏は振り返る。
フレンチの二大巨匠から受けた薫陶を生かして
調理師学校に通う中で出会ったのは、日本のフランス料理界を代表するシェフ・三國 清三氏が腕を振るう四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」だ。食べたことのない食材の組み合わせや初めて食べる料理に感銘を受け、フランス料理の道へ。「卒業後、一番初めに働いたのも『ミクニ』です。とても厳しい環境でしたが、料理の基礎的なことに加え規律や衛生面、仕事のスピードや効率など、仕事の仕方の軸をみっちり身に付けました」
次に修業したのは、料理界で知らない人はいないフレンチの重鎮・田代 和久シェフが営む表参道の「ラ・ブランシュ」だ。「席数が多かった『ミクニ』時代は余裕がなくお客様が見えていませんでしたが、『ラ・ブランシュ』では、お出しする料理をテーブル番号ではなくお客様の名前で呼ぶのです。本来僕たちがすべきこと、なんのために料理を作るのかを再認識することができ、今の自分のスタイルにも取り入れています」
フランス料理には「ショープレート」といって、ゲストに見てもらうための飾り皿を準備する文化があるが、「シンシア」のコース料理では、このショープレートに1品目のスペシャリテ、ウニ料理を、お客様を精一杯もてなしたいという思いを込め石井氏が自ら運ぶ。食べ終わったプレートの下からサプライズ的に現れるのは、まるで手紙のようなコースメニューだ。
「一般的な箇条書きのメニューよりもわかりにくいかもしれませんが、メニューのストーリー性をお伝えしたくてこのようにしています」と石井氏。リピーターが多く、コース料理でもお客様ごとにメニューを変えていることもあり、それぞれにテーマを設け、その日の料理の流れを文章にしているという。