なぜ英語で「洋服を着る」は"wear"ではないのか…日本人がなかなか英語を使いこなせない根本原因
なぜ日本人は英語を使いこなせないのか。慶應義塾大学教授の今井むつみさんの書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)より、日本語の「着る」と英語の「wear」の違いについての解説をお届けする――。 【図表】実は「着る」と「wear」は使える範囲が違う ■「頭の中」を共有することはできない そもそも「話せばわかる」というとき、私たちは何をもって「わかった」としているのでしょう。 「相手の話がわかる」ということを、段階を踏んで表現すると、 ①相手の考えていることが ②言語によってあなたに伝えられ ③あなたが理解をすること といえます。 ここで問題となるのは、それぞれの頭の中をそっくりそのまま見せ合ったり、共有したりすることはできない、ということです。 それは単に「言葉によってすべての情報をもれなく伝えることはできない」というだけではありません。 ■「ネコ」という言葉のイメージは人それぞれ 言葉を発している人と、受け取っている人とでは、「知識の枠組み」も違えば「思考の枠組み」も異なるため、仮にすべての情報をもれなく伝えたとしても、頭の中を共有することはできない、という話です。 例えば「ネコ」という言葉を聞いたときに、「自分の家で飼っている子ネコ」をイメージする人もいれば、「ハローキティ」や「トムとジェリー」に登場するキャラクターとしてのネコを頭に浮かべる人もいます。 昔引っかかれてけがをした経験から「凶暴」なイメージを持つ人もいれば、ぬいぐるみのような「愛くるしい」イメージを持つ人もいるでしょう。「やわらかい」というイメージを持つ人もいれば、「不潔」なイメージを持つ人もいるかもしれません。
■まったく異なる「知識の枠組み」を持っている そう、私たちはそれぞれがまったく異なる「知識の枠組み」「思考の枠組み」を持っているため、たった1つの名詞「ネコ」と聞いたときでさえ、無意識に頭の中に思い浮かべるものはまったく別ものである可能性がとても高いのです。 そして、こうした脳内で描かれるイメージを共有することは難しく、隣の人がまったく違うイメージを持っているとわかっても、そのイメージを明確に聞き取ることすら、私たちにはできないのです。 ■「すでに使いこなしている言語」に当てはめて捉えるしかない 「知識や思考の枠組み」が互いにまったく同じであれば、話した内容はすんなりと理解されるかもしれませんが、現実には、そんなことはめったに起こりません。 なぜなら一人ひとりの学びや経験、育ってきた環境は違いますし、仮にまったく同じ環境で育ち経験をしたとしても、それぞれの興味関心が異なれば、形成される「枠組み」が変わってしまうからです。 こうした枠組みのことを、認知心理学では「スキーマ」と呼んでいます。 このスキーマは、私たちが相手の言葉を理解する際、つまり何かを考える際に裏で働いている基本的な「システム」のことです。スキーマは、脳のバックヤードでつねに稼働しています。 スキーマの存在は、外国語を例にとるとわかりやすくなります。なぜならそれぞれの言語によって、ある単語が持つ意味の体系は、ほとんどのケースで異なるからです。 言語によって体系は異なっても、学習者は、自分がすでに知っていて日常的に使いこなしている言語(いわゆる母語。日本人ならば日本語)にあてはめて、新しい言語を捉えるしかありません。