「AI研究」にノーベル物理学賞と化学賞 その理論と技術を詳細解説 長谷佳明
ベイカー教授の偉業は、2003年、コンピューターを用いて「新しいたんぱく質」の人工的な設計に成功したことである。自然界にないたんぱく質の合成が可能となれば、これまでにない画期的な薬の開発も可能となり、そのインパクトは極めて大きい。 一方、ディープマインドは、たんぱく質の立体構造を高精度に予測するAIモデル「AlphaFoldシリーズ」の開発により受賞した。AlphaFold1が2018年、AlphaFold2が20年、そして、AlphaFold3が24年5月に公開されており、バージョンが上がるごとに予測精度や予測可能な対象が拡大している。 ◇数年かかっていた計算が数十分に ではなぜ、コンピューターシミュレーションが、それほど大きな偉業といわれるのか。 自然界で確認されているほとんどのたんぱく質は、20種類の標準アミノ酸の順番を変えてつなぎ合わせた分子からなる。ただし、アミノ酸が連なってできたタンパク質は、複雑に折り畳まれるなどした立体構造を取っている。このため、構成するアミノ酸の情報だけではたんぱく質を再現できず、また、機能の解明にも立体構造が不可欠である。しかしながら、X線を用いた構造解析には、たんぱく質の結晶化という難題が前提条件となるなど、実験的手法には制約が多く容易でなかった。そこで期待されてきたのが、コンピューターによるシミュレーションであった。 最適化のアルゴリズムを用いるなどする従来型のシミュレーションでは、膨大な演算が必要であり結果が出るまでに、数カ月から数年もの時間を要すものも多く、たんぱく質の構造解析は次のブレークスルーを待っていた。そこに登場したのが、AlphaFoldであった。AlphaFoldは、わずか数十分程度で良好な結果が得られ、従来型手法で解けなかった構造の解析に成功するなど、AIを予測に用いた効果は絶大であった。 私が学生時代に所属していた研究室でもシミュレーテッドアニーリング(金属の焼きなましを模倣した最適化手法。高温の金属を徐々に冷却することで結晶を成長させ、ひずみの少ない良い材料を生成する技法に着想を得た手法)により、たんぱく質の構造解析を研究するチームがあったが、比較的小さなテストケースでも、大型計算機を数週間回し続けることもあり、AlphaFoldがどれほど画期的かよくわかる。