総合楽器メーカーのヤマハが「自前主義」のこだわりを捨て、オープンイノベーションの深耕にかじを切った理由
山浦 例えば「ボーカロイド」という音声合成技術のように、もともと持っていたソフトやサービスもあります。これはリアルな歌声を合成するためのソフトですが、まずはこうした既存の技術をベースに広げながら、来年には少しずつ具体的な新サービスも出していく予定です。 ──ミュージックコネクトは、将来的にどんな可能性がありそうですか。 山浦 当面、当社が独立した事業とみなす水準である100億円を売上目標に置いていますが、新たなサービスを立ち上げていくことで、ヤマハのハードのビジネス自体が変わっていくことに一番期待しています。例えば、新サービスときちんとつなげられるようなハードの仕様にすれば、それによって販売方法も従来とは変わってくるはずです。このようなことを通じて、会社全体を変えて強くしていくイメージです。 従来は楽器をお買い上げいただいても、そこでお客さまとの接点が一旦切れてしまうことが往々にしてありました。そうではなく、楽器のご購入と同時に音楽関連のコンテンツやアプリケーション、楽譜やオンラインレッスンなどもご紹介していくことで、お客さまと長くつながっていける。 お付き合いが長くなればご購入楽器の演奏に習熟し、さらにレベルアップを目指して高価格帯の楽器をお求めいただけるかもしれない。そうした好循環にもっていきたいと考えています。 ■ 「伝説のライブ」再現、AI活用の技術も続々 ──ほかにも、今年4月にアメリカのシリコンバレーに新事業開発拠点の「ヤマハミュージックイノベーションズ」を設置し、6月には横浜のみなとみらい地区に体験型のブランドショップをオープンさせました。 山浦 これまで楽器や音響機器といったハード事業を、本社を置く浜松市(静岡県)という限られたエリアで集中的に行ってきました。しかし、今後はその事業の垣根がどんどん低くなり、他の事業領域にいる企業と積極的に組んでいく、あるいは一緒に戦っていく必要が出てくるでしょう。 そうであれば従来の自前主義のこだわりは捨て、ヤマハの強みと相乗効果が生み出せるところと提携し、われわれの技術やノウハウを外部企業にも提供しながら新しい価値を創造していく必要があります。 一言で言えばオープンイノベーションを深耕していきたいのです。シリコンバレーでは、楽器業界以外の企業の技術でヤマハが使えるようなものはないか、あるいはヤマハの技術と組み合わせることで新たな強みの創出ができないかといったことを日々探索しています。 みなとみらいのブランドショップについては、お客さまにお越しいただいてヤマハの世界観に1人でも多くの方に触れていただき、お客さまの声をきちんと吸い上げて新しいビジネスにつなげていきたいと考えています。 また、当地周辺にはリコーさんやソニーさんはじめ、大手企業の研究開発拠点が非常に多いので、われわれも拠点を置くことで“他流試合”をどんどん進めて刺激を受けたいと思っています。 自前主義と決別していく過程では、われわれが持っていないサービスや販路を持つ企業をM&Aで取り込んでいくようなこともあり得るでしょう。 ──今年9月にはライブ再現システムも発表しました。 山浦 「リアル・サウンド・ビューイング」と呼んでいますが、コンセプトは“ライブの真空パック”で、アーティストのライブやコンサートの生演奏を再現したものです。 ギターやベースなど、演奏時の音を忠実に記録し、再現する仕組みを開発しました。目の前にある楽器からライブやコンサート時の音をそのまま再現して出せるので、単純に録音された音源をスピーカーを通して聴くのとは臨場感が全く違い、非常に可能性のあるソリューション技術になっています。 今後はアーティストが自分たちのライブを再現できる形で保存し、場所や時間を問わずに興行できるビジネスが生まれる可能性もあります。例えばすでに亡くなってしまったアーティストの過去の「伝説のライブ」を、いつでもどこでも当時の臨場感で楽しむことができるわけで、ヤマハらしい社会課題解決のひとつとも言えます。 ──車載オーディオでは、AI(人工知能)を駆使して、自動車内の音響を利用者の好みや楽曲の特徴に応じて最適にチューニングする技術も開発しています。 山浦 車内空間というのは音響機器を設置する上でさまざまな制約がありますが、1車種ごとに時間をかけて最適化していくのでは、自動車メーカーが求めるスピード感になかなか追いつけません。 そこで、最適化にかける時間を最大限短縮することを、AIを利活用して実現させました。将来的には音楽配信などコンテンツ系の領域にも入っていきたいと思いますが、まずは自動車メーカーから高い評価をいただける音響機器の開発を目指して頑張っています。 ──株式持ち合い解消という世の中の流れもあり、ヤマハ発動機の持ち株は3%以下まで下がっていますが、現状の取り組みや今後の協業余地はありますか。 山浦 ヤマハ発動機とは合同ブランド戦略委員会があり、事務局会議は毎月、トップを含めた委員も年に2回会合を持っています。 音響機器とオートバイでは縁遠いと思われがちですが、アンプやスピーカーの技術をオートバイや水上バイクなどに組み込むような話も出ていますし、モビリティ分野と音楽はいろいろな形で提携や協力ができる、親和性の高い領域だと考えています。