武藤嘉紀がアギーレジャパンにもたらした“新鮮力”
初めて経験する最高峰の舞台。8月28日の代表発表から、例えるならばジェットコースターのようなめまぐるしい日々の中で、手応えと課題との両方を感じた。「緩急を使ったドリブルで相手を抜くことに関しては、通用するんじゃないかなと。さらにレベルが上がってくるとどれだけ通用するかはまだわかりませんけど、どんなときでも自分の長所を押し出して、それを出せないときにどのようにプレーしていくかが大事だと思う。足りないところは、パスやトラップでもミスがあった点ですね。もっと落ち着いて、正確にプレーしないと。今日にしても、もう1点取れる場面もあった。本田選手のFKのこぼれ球にしても、集中して感覚を研ぎ澄ませていなければいけない場面でした」。 左ポストを直撃した本田の直接FKは、武藤の突破が相手のファウルを誘発して獲得したものだ。こぼれ球を拾った武藤が前方の柴崎に預け、スペースに走り込んで再びパスを受けて仕掛ける。ゴールには結び付かなかったが、ここでも「パス・アンド・ゴー」がチャンスをもたらしたことになる。 代表発表会見の席で、ハビエル・アギーレ新監督は香川真司(ドルトムント)と原口元気(ヘルタ・ベルリン)の両FWの招集をけがで見送った代役として、武藤とFW皆川佑介(サンフレッチェ広島)を抜擢したと明言した。ベネズエラ戦後の記者会見。具体的な名前こそ挙げなかったものの、55歳のメキシコ人指揮官はピッチで躍動した新戦力をこう評価している。 「新しい血が注入された。将来性のある選手たちだ」。10月の国際親善試合には、満を持して香川たちも復帰してくる。ポジションは同じ左ウイング。武藤は自らを律するように、再スタートを誓った。「これからも代表に続けて呼ばれるためには、結果というものも大事になってくる。まだ自分のよさを出し切れていないと思うし、ここで一喜一憂することのないように、もう一回気持ちを引き締め直したい。香川選手をライバルと呼べるほどのレベルには、自分はまだまだ達していません。香川選手に追いついて、追い越せるように、日々の練習から自分のいい部分をさらに磨いて、足りない部分を伸ばしていきたい。代表に来る前は自分を出せるのか、通用するのかという思いのほうがどちらかと言えば大きかったけど、そういう不安を払拭することができて、逆に自分のプレーをどんどん出したいという気持ちになれたということは、一人のサッカー選手として成長できたのかなと思います」。 プロで生き抜いていく自信がついたとして、慶應義塾大学体育会ソッカー部を3年次で円満退部し、憧れてきたプロの世界に飛び込んで半年たらず。FC東京で開幕からレギュラーを獲得し、ワールドカップによる中断から再開された後は8試合で6ゴールをあげて一気に覚醒。アギーレジャパンにも大抜擢された武藤は、夢のようなシンデレラストーリーにも決して自分自身を見失わない。 「ありがとうございました」。 取材の輪が解けた後に、メディアに対して初々しい笑顔を浮かべながら一礼する謙虚な姿勢が太陽に向かって真っすぐに伸びていく向日葵を連想させた。日本代表が雪辱を期す4年後のロシア大会へ。眩い輝きを放ちながら、待望の新星が産声をあげた。 (文責・藤江直人/スポーツライター)