先端をゆくマウンテンブランド「ザ・ノース・フェイス」「パタゴニア」「ノローナ」担当スタッフの最新トレンド座談会
この秋冬シーズンで大注目の各社ウエアは?
―― せっかくお越しいただいたので、秋冬の最新モデルのなかからイチオシを少しご紹介いただきたいです。 大内 さきほどの話からつながるんですが、この秋冬は「モーレ・サーモ60エアロ200」が個人的にイチオシですね。ただの化繊インサレーションではなく、ポイントは中に使用しているシート状の化繊中綿に、こんな感じの薄いフィルムが貼り付けられていること。これが香港にあるピネコ社というメーカーの素材。 小澤 ふむふむ、中綿に防水透湿メンブレンを貼り付けているんだね。 大内 あ、わかっちゃう!? ゴアテックスのシェルに中綿を入れた防水インサレーションは世の中にあって、実際水には強いけど、ゴワゴワするし、生地の制約も多いですよね。このジャケットは、中綿に貼ったメンブレンが外側に来るように体をラッピングする感じで立体的に縫製して、軽くて通気性に優れて、なおかつ柔らかいエアロ200という生地で包んでいるんですよね。防風効果もあるから、体温が逃げにくく綿量も従来の半分ほどに抑えられる。軽くて薄いのにかなり暖かい。なんだったらシェルを使わず、これ1枚で済んでしまう。 小澤 そのパターンか。 大内 そう、そのパティーン。 片桐 なにここ居酒屋!? (笑)。袖を外してベストにもできるのは、防水透湿素材で熱が篭るから、汎用性を持たせたということですかね。ベストいま人気ありますし。 大内 そうです、そうです。昨年の冬に八甲田に持っていったんですが、ベストは休憩のときシェルの上からも着られるので、とても調子よかったですね。アクティブインサレーション(※4)とはうたっていませんが、行動中に活用してもらえる1着です。 ―― パタゴニアはどうですか? 片桐 以前から名前自体は存在していたんですが、パタゴニアのデザイン哲学を形にしたといえる「M10シリーズ」が今季復活します。 大内 うわ、軽っ! 片桐 そうなんですよ。M10シリーズは南米パタゴニアのフィッツロイ登頂のためのウエアという位置づけで、クライマーのために作られたアルパインシェル。アノラックタイプは今季新しく登場したモデルになります。素材は多孔質メンブレンを採用した3層構造で、高い透湿性があり、軽くて腕の可動域やハーネスとの相性もしっかり考えられていて。登ることに特化した、まさにパタゴニアらしいモデルといえますね。 大内 もちろんC0? 片桐 はい。当然のようにC0で、リサイクル素材で作られています。 小澤 これはミニマムですね~。 片桐 場面に応じた着脱を想定しているというよりは、着っぱなしのシェルというイメージ。だからフロントジッパーはベンチレーションとして下から開けることもできるし、裾もハーネスの下にしっかりとタックインできる長めのデザインになっています。 小澤 アスリートからの要望で作った製品なのかな? 片桐 そうですね。基本的にクライミングに特化したものはアスリートのフィードバックからできたものです。 ――ザ・ノース・フェイスはどうでしょうか? 小澤 去年リリースした製品のアップデート版なんですが、「ハイブリッドエアーダイアログフーディ」です。寒さを感じやすい部分に空気で膨らむインサレーションを内臓し、そこへ空気を送り込むことで、保温力をアップさせるというものです。 大内 これがうわさの。 片桐 エアマットの要領で、収納用のスタッフバッグを使って空気を送り込むのか……。 小澤 前のモデルがポンプを握って空気を入れる仕組みだったんですが、アスリートから手が疲れるという声があって、今季はスタッフバッグに変更しました。この製品のポイントはエアーチャンバー(空気室)の素材が三層であること。 大内 ええ、どういうこと!? 小澤 このジャケットはもともとベントリックスという通気性のある保温材が薄く入っていて、一定の保温性は保たれています。それに上乗せして保温力を増したいときに空気を使うんですよ。あえて三層の生地で作って透湿する袋にしたことで、少しずつ空気は抜けていきますが、それによって破裂もしないし、アクティブインサレーションとしての機能も損なわれない。足りなければまた膨らませばいいわけです。 片桐 これって小澤さんのアイデアなの? 小澤 ええ、アイデアはクライミング中に寒い思いをした実体験からですが、開発はメンバーみんなの結晶です。 大内 すげー! おいくら? 小澤 8万円ですね。 大内 いや、もっと高くてもいいくらいの技術だと思うけど。 小澤 このインサレーションもそうだけど、こういった新しいイノベーションの開発品は開発費がかかるから、どうしても高くなってしまいます。だけど、あまりも現実的じゃない価格ではだれも買えなくなっちゃう。それだと作った意味もないしね。山の過酷な状況でより安全に登攀できるように開発してるので、ぜひ山で実際に使ってほしいしから、できるだけ企業努力で(笑)手が届く価格にしています。 片桐 いやそれは非常によくわかる。僕もプライシング(価格付け)をやっていますけど、いま日本はとにかく為替が弱くて、各店舗はインバウンドの購入のほうが多い傾向にあるから、本当に悩ましいですよね。 大内 輸入コストとして燃料もバカにならないですしね……。 小澤 本当に悩ましい。インバウンドに合わせてしまうと日本人が買いにくくなってしまいますから。買っていただいたら、そのあと長く使ってもらえるいい製品を作らなければと改めて思いますね。 ―― ちなみに、ザ・ノース・フェイスは小澤さんがダイレクトにものを作れるわけですが、パタゴニアやノローナは「こういう製品があればいい」という声を本国に届けるわけですよね? 日本の要望はどう受け取られているんでしょうか。 大内 ノローナで言うと、日本は陸続きの大陸から海を渡った最初の輸出国なんですよね。品質のいい物がたくさんある国だから、日本で受け入れられればグローバルでも通用すると考えたそうです。だからこちらからのリクエストには熱心に耳を傾けてくれます。 片桐 パタゴニアは日本の公式サイトのカスタマーサービスに寄せられるご意見を見るとわかるんですが、一番コメントとして多いのが耐久性に関すること。それを受けていまパタゴニアもより一層耐久性に力を入れていますし、その上で万が一壊れても修理して使いましょうというメッセージを打ち出しています。 日本支社でも修理部門を拡張して、人員も強化していて。そのおかげもあって、たくさん修理も戻ってきています。 ――「つぎはぎ」、各地まわってますもんね。 小澤 つぎはぎ? 片桐 ミシンや素材を積んだリペアトラックのことです。リペアトラックがイベントとして全国各地をめぐる「ウォーンウエアツアー」をここ数年開催しているんですよね。少しでも製品寿命を延ばして、環境負荷を抑えることが大事ですから……って、ついついやっぱりうちは環境寄りの話になっちゃいますね。 小澤 いやいや! この先もずっと自然のなかで人間が遊んでいくために、私たちになにができるのかを考えることは本当に大事なことですよ。いったいいつまで日本でいい雪を滑れるんだろう、ってリアルに考えちゃいますからね。 大内 ですよね……僕も国内営業は夏に南と西へ行って、東北と北海道は冬のために取っておきますからね。で、だいたい出張先でお店の人んちに泊めてもらって、翌朝いいところに連れていってもらうという。 片桐 いやそれはよくわかる。自分も遊びを出張にくっつけるスタイルです。仕事終わったあとアンバサダーと滑りに行くのが楽しみで……。 ―― PEAKS、登るほうがメインの雑誌なんですけど、『フィールドライフ』の企画もあって見事に3人とも滑り好きだった(笑)。でもその遊びたいというモチベーションがなにより大事だと思います。ウエアをフィールドで使うだけでなく、みなさんのような仕事に興味を持つ方も読者におられると思います! 本日はありがとうございました。 一同 こちらこそありがとうございました! ※1 : マーチャンダイザー おもにアパレル業界において、市場動向、トレンドを調査・分析し、ニーズに応えた商品の企画・開発、商品ラインナップへの反映を行なうなどのほか、シーズンのスケジュール調整や社内外への商品説明、価格設定といったさまざまな業務を担う、ブランドのハブ的役割。MDと略すこともある。 ※2 : PFAS(ピーファス) 「有機フッ素化合物」を表す総称。水と油を弾く性質があり、シェルなどの撥水加工に使用されてきたが、製造段階の水質汚染などでPFASが環境や人体へ深刻な影響を与える可能性が明らかに。世界的に不使用とした撥水加工に移行する動き。分子構造は微妙に異なるがPFCや、PFASの一種PFOA、PFOSも同じ。 ※3 : C0(シーゼロ) PFAS(PFC)を使わない撥水剤のこと。2015年までは炭素(C)が8つ連なった、PFASを用いた強力なC8撥水剤が使われていたが、規制対象となりC6撥水剤へ移行。現在はPFAS(PFC)を撥水剤に使わないPFASフリーの動きが世界的に広がりつつある。便宜上の呼称としてC0撥水剤とも呼ばれている。 ※4: アクティブインサレーション 山での行動中に着用するミッドレイヤーを指し、“動的保温着”とも呼ばれる。体を保温するだけでなく、適度な通気性を兼ね備え、動いていてもウエア内の蒸れを解消しながら、暖かく快適な環境をキープしてくれる。ポーラテック社のアルファや、テイジンのオクタなどが代表的なインサレーション素材。