『源氏物語』で「トイレ掃除だっていたします」と話して父・頭中将からバカにされた近江の君。常識に囚われない彼女を通じ、紫式部は何を表現したのか?
◆『源氏物語』の道化役 貴族社会は、礼儀作法や約束事によって成り立つ社会です。それが世のなかの調和や、洗煉(せんれん)された身ごなしの基本となりますが、それだけでは生き生きとした感受性や、新鮮な発想は生まれません。 近江の君は、『源氏物語』の道化役です。それだけに、その言葉の一つひとつに、社会規範の生み出す停滞感をうちやぶるパワーがあります。 近江の君は、「今姫君(いまひめぎみ)」「今君(いまぎみ)」「今の御(おん)むすめ」と、語られます。 新たにやってきた者、ニューフェイスなのです。若者や新人には、その社会の常識にとらわれない、心の自由があります。
◆近江の君の愛嬌 また近江の君は、愛嬌(あいきょう)があると何度もいわれます。可愛らしいのです。 愛嬌は、愛敬(あいぎょう)で、もとは仏教語です。 愛と敬(うやま)い、情け深さや、優美さについてもいいますが、つまりは、心が閉じていないこと、オープンハートであることです。 近江の君のような人物は、しばしば厄介者としてうとんじられますが、じつはこのような人物こそが、停滞した社会を進展させる原動力になるのです。 ※本稿は、『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
松井健児
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