井上岳志が米国世界初挑戦に大差判定負けも次世代ホープ苦しめ爪跡残す「世界は遠くなかった」
ボクシングの意義がわかった
世界戦が決まったとき齊田会長に「次へつながる爪跡を残してくることですね」と軽口を叩き本気で怒られた。 「何言ってんですか。勝てるんです」 もう声がガラガラになっていた齊田会長は、駿台学園高、法政大ボクシング部の後輩の健闘を称えた。 「最初はやりたいことができていたんです。でも、せっかく中に入れて追い込んでいるのに、そこからもう一発がなかった。すごく重要だと考えていた9、10、11ラウンドも取られました。でも、世界との差がどれくらいのものかも、今後の課題もよくわかりました。もう一度出直しです」 試合後、プロモーターの「ゴールデンボーイプロモーション」代表のオスカー・デラホーヤが、井上の実力を認め、陣営に「アメリカでやる気なら、いつでも呼ぶから」と声をかけてきたという。 あわや“史上最大の番狂わせ”の被害者になるところだったムンギアも、井上に最大級の賛辞を送った。 「これはグレートファイトだった。井上はグレートな戦士、非常に強い挑戦者だった。彼には驚かされた。私の後頭部をかなり殴ってきたがね。だが、私はより強かったから勝利を得ることができたんだ」 リング上で、ムンギアは「あと2、3試合、この階級で試合をして、ミドル級へいく」とも語った。ゲンナジー・ゴロフキンを再戦で破り、ミドル級の頂点にいるサウル“カネロ”アルバレスの継承者と呼ばれるムンギアは、ミドル級転向を睨んでいるが、日本から来た世界初挑戦ボクサーに、まさかの足踏みをさせられるとは思ってもいなかったのだろう。次戦はデニス・ホーガン(豪州)との指名試合になるという。 試合後、井上はヒューストンの日本人会が店の閉店時間を遅らせてまで開いてくれたお疲れさん会に招待された。 「応援していただいた皆さんにねぎらいの言葉をかけていただきました。負けはしましたが、力を出し切って、こういう試合をすると、色んな人が喜んでくれる。感謝の気持ちを覚えることができました。ボクシングをやっていて良かったと……胸が熱くなりました。人に感動を与えることが、ボクシングをやっている意味のひとつなんだと、アメリカの地で感じることができたんです。これまでは、ボクシングは自分のためにやるもの、強くなって相手を倒して世界チャンピオンになるんだという気持ちだけが強かったんですが、そうじゃない、いろんな人に支えられているんだなと……」 東京都足立区の竹ノ塚の下町から遠くヒューストンのリングに上がった勇敢な敗者は、プロボクサーとしてかけがいのないモノを手にした。 「得たものは大きかった。物怖じしない。あんな大きな舞台で自分を客観視できていたし、1ラウンドからも足が動きました。気持ちが強くなりました。緊張したのは、英語のスピーチのときくらいです。大丈夫なんだという自信。成長を感じました。わずかな希望が残っているのなら……次のチャンスがきたら必ず取るぞ……そんな気持ちです」 ヒューストンの奇跡は起こらなかった。 左も少なかったし、手数に加え、攻撃パターンも少なすぎた。だが、プロ14戦目を終えた29歳のボクサーは確かな爪跡をアメリカに残し、試合から数時間後に機上の人となった。