井上岳志が米国世界初挑戦に大差判定負けも次世代ホープ苦しめ爪跡残す「世界は遠くなかった」
「世界は遠くなかった」
6ラウンドには前進というより体ごと体当たりしていく。 「下がったら負けだと考えていました」 だが、ムンギアの左フックが井上にヒットした。井上は両手を広げて「効いていない」のポーズ。 「強弱の強強の作り方が凄く上手いんです」 コーナーに戻った井上を齊田会長が励ます。 「トリプルを出そうぜ。勝てるよ。変なのだけもらうな」 ロープまで押し込んで左右のボディから右フックのトリプルコンビネーション。ガードの下がったムンギアには効果的だった。だが、右のフックは当たったが、いつもは、うまくいく左アッパーからの次の活路が開けない。 「うまく殺されて2発目を打たせてくれなかった」 密着戦の中、体の向きを変え、クリンチを絡めながら、井上の攻撃を絶妙に封じ込めにくる。 それでもムンギアは明らかに嫌がっていた。 7ラウンドに入るとムンギアは消耗していくスタミナを温存しようと苦し紛れにまた足を使った。 8ラウンドにはコーナーに追い詰めた。右のフックが顔面をとらえた。だが、追撃の一打がない。 齊田会長の自己採点は、ここまでドローだったという。 10ラウンドを前に齊田会長がハッパをかけた。 「あと3つ取ればチャンピオン。ここをいかなきゃ逃げられちゃうよ。ここが勝負だよ」 井上に削られ続け、もう燃料の切れかけていたムンギアも最後の勝負にきた。無名の日本人を相手にKO防衛ができなければ評価が下がる。足を止めてラッシュ。そして強烈な左フック。井上の膝がガクンと落ちる。だが……ダウンだけは拒否した。耐えた。 「このラウンドも含めて2回ほど効かされました。一番彼のいい距離で打たせたのがまずかったんです。でも追撃だけはパーリング(手で払いのけるディフェンス技術)で避けることができました」 11ラウンドも井上は、さらに前へ出ようとするが、さすがに勢いはなくなり、もうパターンは読まれていた。 最終ラウンド。 セコンドについた同僚の日本ミドル級王者の竹迫司登が「弱気になるな!」と声をかけたが、大きな声で「なってないわ」と井上は応答した。 逆転KOを狙い最後の最後までロープに詰めてパンチをふるったが、無情のゴング。 メキシコ国旗を手にしたムンギアは、勝利を確信したかのようにコーナーに駆け上がってファンにアピールした。 セミファイナルのWBA世界フェザー級タイトルマッチで中国人として史上3人目の世界王者となったツァン・シューは、その豊富な手数がジャッジに評価されていた。井上の前進や、右フックの効果打よりも、ムンギアの手数が圧倒的に支持された。筆者のスコアでは最低4ラウンドは井上が取っていた。齊田会長の自己採点に近い。2人がフルマークの準パーフェクトの判定はさすがにないだろう。 前出の米国メディア「ボクシング・シーン」も117-111の独自採点をつけ「フルマーク」を「正確なジャッジではなかった」とし「ムンギアは3度目の防衛を成功するにあたり地獄を歩いた」と表現した。 だが、屈辱スコアは地元採点だったにせよ、負けは負け。 「すみませんでした……悔しいです。怪物と言われたムンギアが効いていたことがわかっていたのに、そこからもう一発が出なかった。左ジャブも当たっていたんだから、もっと左を打ってもよかったと思う。自分の持てるものは出せたと思いますが、あそこでああしていれば……と考えると悔しい。判定は負けでしょう。でも、世界は決して遠くない。彼の距離で打たれたパンチは確かにこれまでにないような強烈なものだったが、普段、14オンスでスパーをやっている竹迫のパンチを10オンスに置き換えれば、そう変わらなかった」 井上にダメージはなく、その口調はしっかりとしていた。 選手層が厚く、日本人ボクサーにとっては雲の上の階級で、世界的怪物を向こうに回しての大善戦。しかし、ボクシングは結果のスポーツ。 井上の心中は複雑に膨らんでいた。