大相撲完売御礼と名刺入れ ~九州場所から節目の1年へ
戦略的3軸
八角理事長(元横綱北勝海)がトップとして率いる相撲協会。浅香山親方の九州場所担当部長任命は適材適所だったといえる。より中長期的な活性化プランという点で、職員たちが詰める協会事務局の尽力が見逃せない。担当者によると、現在大切にしている三つのキーワードがある。それが「グローバル、ローカル、デジタル」だ。 唯一無二の伝統文化としての側面を持つ大相撲。海外にも広く浸透させるグローバルなPR策の奏功は昨今、本場所でインバウンド(訪日客)の外国人を多く取り込んでいることで証明されている。また、関係者によると、海外での巡業や公演のオファーも複数届いている。来年以降の実現に向け、既に協会側から現地へ下見に赴くなど準備が着々と進んでいる。 日本に目を転じると、国内向けのチケット売り上げも好調。ローカルという観点では近年、地方場所で商店街をはじめ、それぞれの地元とのコラボレーションを実施し、きめ細かい関係構築が目立つ。デジタルではX(旧ツイッター)などのSNSやYouTubeを用いての情報発信、貴重な財産である過去の取組映像のデジタル化、インターネットを活用しての券売や公式グッズ販売などを拡充。若い世代のファン開拓に一役買っている。もちろん、企画では先人たちが築き上げた大相撲の伝統や力士らの品位を損なわないことが大切で、試行錯誤も肝心。担当者の一人は「大相撲の価値を世界に広め、日本国内での認知においても、特に若年層に向けて務めていきます」と意欲を示す。 2011年の八百長問題などで深刻な客離れに陥った際、職員らはマーケティングのアプローチから人気回復策を練った。当時注目された理論の一つが「キャズム」。新たな製品やサービスが市場に出る過程で、初期段階としっかり浸透する段階の間にある深い溝を意味する。今回の年90日完売により、ひとまずキャズムを乗り越えたと捉えていいだろう。
666日超えへの勝負
2025年は相撲協会にとって、いつにも増して特別な1年となる。1925(大正14)年に財団法人設立の認可を受け、大日本相撲協会(当時)が誕生してから来年12月28日で100周年。既に100周年記念用のロゴマークが協会理事会で承認され、多様なシーンで活用されていくことになる。節目の年を彩るように、7月の名古屋場所は新たに完成する最新鋭の「IGアリーナ」に会場を移して開催。8月には大阪・関西万博の会場で夏巡業や相撲文化を発信する特別イベントを行うなど、さまざまな行事が用意されている。 今年の九州場所はそうした上昇気流に乗り、来年以降の土俵を占う上でも関心が集まる。新大関大の里の2連覇やけがで番付を落としていた尊富士の幕内返り咲き、ウクライナ出身初の新入幕となった獅司の奮闘ぶりなど見どころ満載。浅香山担当部長は「力士には満員のお客さまの前でぜひ、白熱の取組を見せてもらいたい」と期待する。世代交代の流れが活性化に寄与していくのは必至だ。 角界ではかつて1989年九州場所11日目から1997年夏場所初日まで足かけ9年、666日間連続して満員御礼だった例がある。当時は横綱千代の富士の君臨や「若貴ブーム」などの影響で盛況だった。現在、昨年の九州場所12日目から数えて94日間完売が継続中。ある協会担当者は次のように力説した。「666日を超えられるよう、2031(令和13)年5月場所3日目を目指して、これからが勝負」。道のりは長いが、意識は高い。 浅香山担当部長も今年の九州場所だけではなく、今後を見据えている。「来年以降も完売を目指して頑張る。今年良くても来年以降につなげることが大事。だから今年のうちにこまめに動いていかなきゃいけない」。力士時代と変わらない、プロフェッショナルな意識。相撲協会のさまざまな層の力が結集し、2024年最後の本場所が晴れて初日を迎える。
高村収