「江戸時代の子ども」は「現代の大学生」も及ばない「高度な法意識」を持っていた!?…知られざる江戸時代庶民の「民事訴訟」リテラシー
「法の支配」より「人の支配」、「人質司法」の横行、「手続的正義」の軽視… なぜ日本人は「法」を尊重しないのか? 【写真】日本は「隠れたハラスメントがとても多い」といわれる「驚きの理由」 講談社現代新書の新刊『現代日本人の法意識』では、元エリート判事にして法学の権威が、日本人の法意識にひそむ「闇」を暴きます。 本記事では〈日本は「隠れたハラスメントがとても多い」といわれる「驚きの理由」…現代社会に残る「喧嘩両成敗」的発想〉にひきつづき、江戸時代の民事訴訟に関する実証的研究やその研究から学ぶべき事柄をくわしくみていきます。 ※本記事は瀬木比呂志『現代日本人の法意識』より抜粋・編集したものです。
江戸時代の民事訴訟に関する実証的研究
『現代日本人の法意識』第6章で言及する川島武宜の法社会学を始めとする戦後初期の法社会学には、当時の左翼思想の影響も手伝って、「日本社会は前近代的な後れた社会だったし、今もそうだ」との認識があった。また、日本人の法意識のうち、江戸時代以前に淵源をもつような、近代法の論理とは異なる部分についても、その客観的・中立的な検討を行う以前に、「前近代的」として切り捨てる傾向もかなり強かった。 こうした認識は一面的なものだったが、一方、私自身、現代日本社会の停滞、民主主義という側面からみての機能不全については、やはり、「ムラ社会の病理」がその大きな原因だと考えている。だから、本書の分析でも、日本人の法意識については、批判的に考察、検討する場合が多い。 そこで、公平かつ客観的なバランスを保つという観点から、また、近世の村社会がもっていた積極的側面、再評価されるべき側面をも押さえておくという観点から、江戸時代の裁判に関する歴史学者の実証的研究について紹介、分析しておきたい(渡辺尚志一橋大学名誉教授による分析。書物は、『武士に「もの言う」百姓たち──裁判でよむ江戸時代』、『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』、『百姓たちの水資源戦争──江戸時代の水争いを追う』、『百姓たちの幕末維新』〔以上、草思社文庫〕、『百姓の主張──訴訟と和解の江戸時代』〔柏書房〕、『百姓の力──江戸時代から見える日本』〔角川ソフィア文庫〕。以下の記述との関連が深くかつ比較的わかりやすいのは、最初に挙げた書物であろう。なお、各書物の記述には他の学者による研究の引用も含まれているが、以下では特に区別しないで論じる。また、以下の記述には、渡辺教授の記述に基づく法学者としての私の「解釈」も、一部含まれている)。 これらの書物における分析は、古文書に基づいて個々の現実の事件を追ってゆくスタイルであるため、訴訟の経過が鮮明な印象をもって実感される点が貴重である。従来の法制史研究を補い、具体化する意味があると考える。