夫は「成績が落ちたらお前のせいになる」と言われ…23歳“全盛期”に電撃引退→結婚の女子陸上・寺田明日香が8年後に「母で五輪出場」までの波乱万丈
23歳の若さで競技の引退を発表
元々、高校卒業時点では教育大志望。現役生活を終えたら大学に進むつもりだった。結局、2013年の日本選手権は予選落ち。シーズンオフを待たずして現役引退を発表した。 「その年の春に、彼女から『13秒5を切れなかったら引退する』と聞いていました。当時は23歳になったばかりで、今から大学に通って社会に出ても十分間に合う年齢です。周りは『才能があるのにもったいない』と言いますが、僕自身は彼女の意思を尊重したいと思ったんです」(佐藤さん) 「才能なんて、いらないからくれてやる!」 当時、寺田は佐藤さんにこう吐き出したという。 「周りの人たちは『才能があるからいいじゃん』『続けていればいつか戻ってこられる』と言うけれど、『じゃあそのために何をしてくれますか? 』って。自分でも色々考えたけれどどうにもできないし、周りに助けを求めてもサーッと引いてしまう。じゃあそんな簡単に言わないでよ……ってすごく悲観的になっていたんですよね」 競技者としてはこれから脂が乗る時期。だが、未練はなかった。
開催が決まった東京五輪…2人の運命に変化が
そんな折、上京する1カ月前に東京五輪の開催が決定。本来なら競技者として目指していたであろう舞台が、第二の人生の針を大きく進めることになる。 「ぼんやりと上京して、大学に行きながら働いて、いつか結婚できればいいなくらいのイメージだったんです。でも、東京五輪が決まったことで『家族で観たいよね』という話になって。 子どもが何歳くらいだったらその記憶が残せるのかなと考えたんです。自分たちの幼少期を振り返ると、幼稚園の記憶はないけれど、小学1年生くらいの思い出はギリギリ覚えているんですよね。え、じゃあもう結婚して子どもを産まなきゃ無理じゃない……!? って(笑)」(寺田) 五輪が結びつけた縁だった。 こうして2人は引退翌年の2014年3月に結婚し、5カ月後には長女の果緒ちゃんが誕生。「果」は自分のやりたいことを実らせてほしい、「緒」は人の縁を大切にする。そんな娘の名前に込めた思いが、巡り巡って寺田の今後の人生の選択軸になるとは、このときは思っていなかっただろう。 出産からわずか2年後。家族で観戦するはずだった東京五輪を、寺田はアスリート、しかもラガーウーマンとして目指すことになる。 <次回へつづく>
(「オリンピックPRESS」荘司結有 = 文)
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