1年は13か月あった?現代と大きく違う江戸のカレンダー、葛飾北斎ら人気絵師が「暦」に忍ばせた遊び心
■ 絵の中に月の「大小」を忍ばせる カレンダーが必要なのに、自由に作ることはできない。さて、どうしたものか――。 そんな状況で生まれたのが「大小」あるいは「絵暦」と呼ばれる小さな摺物。一見、ごく一般的な絵画に見えるが、その絵や背景の中に数字などが巧みに隠されている。 「大小」の読み解き方を、ひとつ例を挙げて紹介したい。葛飾北斎「猿の鹿島の事触(さるのかしまのことぶれ)」は、常陸・鹿島神宮の神官が正月に御神託と称して、その年の吉凶を江戸の町で触れ歩く「鹿島の事触」を題材にした作品。画面には2名の神官が描かれているが、その神官は「猿」の姿をしている。この暦が申年のものであると示す暗喩だ。 続いて、神官に扮した猿が着ている着物に注目。着物の輪郭線に数字が隠されており、一方の猿の着物には「正、三、四、五、七、九、十一」の文字があり、手には「大」の文字が書かれた御幣を持っている。もう一方の猿の着物の輪郭線には「二、閏四、六、八、十、十二」の文字。つまりこの暦は、「1、3、4、5、7、9、11」が大の月、「2、閏4、6、8、10、12」が小の月であると示したものだ。 こうしたユニークでウィットに富んだカレンダーは、江戸の人々の間で大流行。葛飾北斎を筆頭に名だたる絵師たちが、趣向を凝らした「大小」を制作している。すみだ北斎美術館で開幕した展覧会「読み解こう! 北斎も描いた江戸のカレンダー」では、前期・後期合わせて約100点の「大小」を紹介。作品と向き合い、絵に隠された「月の大小」を探すことができる。
■ 判じ絵のような難解さ ただし、この大小探しが実に難しい。10分以上眺めていても、発見の糸口さえ見つけられないことも度々。前述した葛飾北斎「猿の鹿島の事触」のように数字が隠されていればまだ分かりやすいのだが、そうではないものも多く紹介されている。 葛飾北斎「玩具を選ぶ母子」は、母と子がおもちゃを選んでいる場面を描いた錦絵。画面にいくつかのおもちゃが描かれており、登場するおもちゃが「大の月」を示しているという。桜のおもちゃが3月であることは分かる。では、刀のおもちゃは? 答えは端午の節句がある5月。ならば、狐のおもちゃは? 狐はお稲荷さんの使いで、稲荷大神が稲荷山に鎮座したのは2月最初の午の日(初午)。狐のおもちゃは2月を表しているそうだ。 江戸の「大小」はカレンダーというより、判じ絵やパズルに近い印象。難解だが、解けた時の爽快感がたまらない。江戸の人々が「大小」に夢中になった気持ちも推察できる。明和2年(1765年)には「大小取替会」が開かれ、趣味人たちが自慢の「大小」を持ち寄り、作品の出来を競い合ったという。 江戸時代に一大ブームとなった「大小」だが、その流行は明治時代に入ってまもなく終焉を迎えた。明治6年(1873年)、明治政府が欧米諸国との統一を図るため、グレゴリオ暦(太陽暦、新暦)を採用。現在のカレンダーはグレゴリオ暦によるものだが、大寒や小寒といった太陰太陽暦で使われた言葉は今も残されている。 「読み解こう! 北斎も描いた江戸のカレンダー」 会期:開催中~2025年3月2日(日) 会場:すみだ北斎美術館 開館時間:9:30~17:30 ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜日、(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌平日)、年末年始(12月29日~1月2日) お問い合わせ:03-6658-8936
川岸 徹