「現実はフィクションを超えてしまった」のか…アメリカ映画が大統領選を描けなくなっている、深刻な現実
『バービー』でも見られた脱政治化
昨年、アメリカで社会現象を巻き起こして年間興収1位となったグレタ・ガーウィグ監督の『バービー』では、劇中の「現実世界」におけるアメリカ大統領として、何故かビル・クリントンの映像が映し出されていた。ビル・クリントンが大統領を務めていたのは1993年から2001年まで。一方、劇中の主要キャラクターは最新型のシボレー・ブレイザーで街を走り回り、iPhoneを使用している。つまり、そこでは意図的に時代設定が撹乱されていて、同じ民主党の現役大統領であるジョー・バイデン、あるいはその時点で翌年の大統領選で対立候補になることがほぼ確定していたドナルド・トランプへの言及が避けられていた。 ジャンルとしてはコメディ作品ではあるが、全編がジェンダーをめぐる現代社会批評でもあった『バービー』。ここ数年、民主党と共和党の対立において人工妊娠中絶問題が主要なイシューの一つになっていることを考えても、公開の翌年に控えたアメリカ大統領選への目配せがあってもよさそうなものだったが、その点においては周到に「脱政治化」が図られていた。 思い出すのは今から7年前。日本では「キング夫人」の愛称で親しまれていた人気テニスプレーヤー、ビリー・ジーン・キングを主人公に、1970年代の女子プロテニス界における女性プレーヤーの地位向上と、それを阻もうとする主に年配の男性たちを中心とする抵抗勢力との争いを描いた『バトル・オブ・セクシーズ』公開時に、監督のジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス夫妻から直接聞いた裏話だ。 『バトル・オブ・セクシーズ』が北米で公開されたのは2017年9月だったが、当初の予定では2016年の年末に公開されるはずだった。民主党支持者が主流を占めているハリウッドでは、2016年の大統領選でヒラリー・クリントンが勝利して、初の女性大統領が誕生するであろうことをほとんど誰も疑っておらず、「女性の勝利」を高らかに謳った『バトル・オブ・セクシーズ』はその機運に乗じて2016年度のアカデミー賞にノミネートされることを狙っていたという。そんな映画会社の思惑とは関係なく、『バトル・オブ・セクシーズ』は2024年の現時点においても未見の人にはオススメしたい優れた作品なのだが、当初の予定から半年以上遅れてドナルド・トランプ政権下の翌年に公開された時には、アメリカ国内でほとんど話題になることはなかった。