「現実はフィクションを超えてしまった」のか…アメリカ映画が大統領選を描けなくなっている、深刻な現実
トランプの勝利による影響
2016年の大統領選におけるドナルド・トランプの勝利で、よりダイレクトな影響を受けたのは、同時代のアメリカの政界を舞台にしていたいくつかの人気テレビシリーズだった。民主党の選挙参謀としてヒラリー・クリントンの下で仕事をしていたボー・ウィリモンがショーランナー(原案と脚本)を務めていた『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、ビル・クリントンとヒラリー・クリントンの関係を思わせるような夫婦間における大統領職の委譲を主題にして視聴者の人気を集めていたが、2016年の大統領選の結果を経て、2017年配信のシーズン5を前にボー・ウィリモンがショーランナーを降板すると、急速にシリーズ全体の求心力を失っていった。 同じくヒラリー・クリントンをモデルに、州検事である夫のセックススキャンダルを乗り越えて活躍する弁護士の妻を描いた『グッド・ワイフ』のスピンオフ作品として、2017年にシーズン1が始まった『グッド・ファイト』は、主人公が2016年の大統領選でのドナルド・トランプの勝利演説が映し出されるテレビを呆然と見つめるシーンから始まる。映画と比べてテレビシリーズは脚本執筆から撮影に入るまでの期間が短いケースが多く、そのおかげで「手遅れ」にはならなかったものの、テレビ画面のドナルド・トランプに向かって毒づくその主人公は、受け入れがたい現実を前にして脚本を大幅に手直しする羽目になった製作陣の姿でもあった。 エンターテインメント業界全体がそうした「4年前の苦い経験」を経たことも少なからず影響があったのだろう。2019年に辛辣な政治風刺で長年人気を誇ってきたテレビシリーズ『Veep/ヴィープ』が終了し、2020年の大統領選が迫ってきた頃には、映画もテレビシリーズも同時代のアメリカの政界を直接的に描いた作品は途端に目立たなくなっていく。その代わり、フェイクニュースによる大衆操作の問題を脚本に巧みに盛り込んだ『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、保守勢力やレイシズムの問題を主要キャラクターの設定に織り込んだ『ザ・ボーイズ』や『ピースメーカー』といった、スーパーヒーローものの映画やテレビシリーズという枠組で、間接的に同時代の政治的イシューを扱う作品が増えていく。