「日本人は動物に似ている」日米開戦で暗躍した二重スパイが語った「日本人から信頼を得る方法」
補佐官は、確約はしてくれなかった。ラトランドは、ひょっとしてお目にかかれるかもしれないので、明朝9時半にまた来てみます、と言った。彼は補佐官に、メキシコ情勢に関して日本の岡提督(編集部注/岡敬純海軍省軍務局長。海軍の軍政におけるナンバー3)宛てに機密電報を送りたい、ついては日本の暗号で送信していただけないかと、横山への伝言を託した。 ラトランドは感謝の意を補佐官に伝えてその場を去り、マサチューセッツ通りを歩いて戻った。ジュリアスはすぐにフロントデスクの受話器を取り、FBI本部に電話した。ラトランドがやってきましたよ――。 ● イギリス軍将校がスパイの罪で アメリカで銃殺されたらどうなる? 5分ほど歩いた後、ラトランドは駐米イギリス大使館に入った。2人の男が、彼を執務室に案内した。彼らはデュブレイ空軍中佐(Wing Commander)、モード陸軍少佐と名乗った。デュブレイは本国政府から十分な説明を受け、準備を整えて待っていた。ラトランドに関する情報は、イギリス諜報機関の最高レベルから彼に届いていた。 1941年半ばの駐米イギリス大使館の最優先事項は、アメリカ合衆国を対独戦争に巻き込むべく、可能な限りの行動を取ることであった。ルーズベルト大統領は概して英国を支持しているが、アメリカ世論は対外戦争への参加を支持していない。アメリカ人に影響を与えるべく、イギリスのチャーチル首相は一大プロパガンダ・キャンペーンを実施するよう命じていた。 その中心を担うのは、「イントレピッドと呼ばれた男」として有名なウィリアム・スティーブンソンだ〔当時、英国安全保障調整局長。暗号名イントレピッド。後に前述タイトルの小説やドラマで有名になる〕。スティーブンソンは、イギリスに関する記事がアメリカの新聞に掲載されるよう手を打った。 その内容は、野蛮なナチス・ドイツに対抗し、西側文明のために英雄的に戦うイギリスに同情的なものばかりだ。イギリスに対して肯定的なニュースが雪崩のように押し寄せれば、最終的にはアメリカ人の参戦につながるだろう、という考え方から実施した作戦だが、世論調査によれば、このキャンペーンは確かに、合衆国を英国陣営に近付けるのに役立っている、という結果が出ていた。