「日本人は動物に似ている」日米開戦で暗躍した二重スパイが語った「日本人から信頼を得る方法」
ラトランドは、ごく控えめな提案を続けた。ついては、メキシコシティへの旅費をアメリカ海軍に負担していただきたい。メキシコにある日本の諜報部の責任者、和智(編集部注/和智恒蔵少佐。メキシコシティはアメリカ海軍の通信を監視しやすい高地にあり、日本海軍は無線傍受局を置いていた)に協力して最新情報を把握し、並行してONIとの接触を維持できるようにしたい――。 カークは一抹の不安以上のものを感じた。ラトランドの見立てはある程度、的を射ていた。ONIは日本海軍の行動に関する情報が乏しく、そしてそれは、アメリカ海軍の構造的な問題でもあった。彼個人の解決能力には限界があることも知っていた。 しかし、ラトランドは信頼できる人物ではない。たとえ他に問題点がなかったとしても、すでに二重スパイであることがはっきりしている人物の手に、アメリカ海軍の運命を委ねたくはなかった。さらに政治面を考慮した場合、もっと悪いことがある。FBIからの批判はあまりにも強い。 ONIの重要幹部であるザカライアスは、FBIとの確執を経て、ポストから解任されていた。FBIはラトランドの有罪を示す十分な証拠を持っており、起訴したいと考えていた。カークはラトランドに、検討いたします、と告げ、訪問を感謝し、ドアまで案内した。 ラトランドは海軍工廠を去り、FBI捜査官たちは尾行を続けた。 ● 米英との緊張状態に入った 日本海軍武官と接触する ラトランドは路面電車に乗ってワシントン市街に戻り、国立大聖堂からそれほど遠くないアルバン・タワーズのアパートメントに立ち寄った。彼はこのビルのドアマンに挨拶した。ジュリアスという名前の背の高いアフリカ系アメリカ人男性で、ラトランドとは顔見知りだった。 しばらく歓談した後、日本海軍の横山中佐(編集部注/在ワシントン日本大使館付きの首席海軍武官・横山一郎。日米開戦を避けようと外交交渉中の野村吉三郎大使を補佐する立場)を呼んでもらえないかとジュリアスに尋ねた。ロビーのソファに座って待っていると、しばらくして、日本海軍の軍服を着た横山の補佐官が階下に降りてきて挨拶し、横山はおりません、と言った。ラトランドは尋ねた。 「横山中佐はいつ、戻られますか?」 「横山中佐は日米間の交渉で多忙です」と補佐官は答え、さらに素っ気なく付け加えた。 「そしてあなたは、イギリス人でいらっしゃる」(編集部注/アメリカに続いてイギリスも在英日本資産を凍結した) ラトランドは尋ねた。「明日はどうでしょうか?」