三井化学の人事戦略 足を運んで会話する「泥臭い取り組み」がカギとなる
自社の強み・弱みを分析し「戦略に基づいたユニークな人的資本情報」を見いだす
――現在、三井化学では人的資本情報開示の一環として、先ほどお聞きした「後継者候補準備率」などを非財務KPIとして公開しています。情報公開の戦略はどのように立てましたか。 ESG投資の文脈で考えれば、世の中の関心が環境(Environment)から社会(Social)へ、そして企業統治( Governance)へと発展していくことが予想できました。その関心に自分たちがどう応えていくべきかを理解しなければ、情報開示の戦略は立てられません。第一歩として自社の身体検査をすることが重要だと考えました。 そこで2018年、ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)に準拠して自分たちを検査し、グローバルレベルで見た強みや弱み、データが明確でない部分などを明らかにしました。そうして要素を集めてみると、他者との比較が可能な分野や、今後情報開示がマストになる分野が見えてきました。 一方、自社の戦略に基づいたユニークな部分も同時に見えてきたのです。それがタレントマネジメントや後継者計画を通じて導き出される後継者候補準備施策でした。当社では2016年から回してきた仕組みによってデータが蓄積されており、それらはグローバルに比較可能で、かつ日本では公開している企業がほとんどありません。 また、当社ではエンゲージメント向上を重視し、全組織で改善活動を行うとともに、役員報酬決定にもエンゲージメントに関する項目をひも付けています。こうした人材戦略と照らし合わせて取れるデータ、自分たちの方針の肝となるデータを開示しています。 まだまだ人的資本情報開示は道半ば。VISION 2030の実現に向けて必要なことに取り組み、結果をシンプルに伝えるとともに、データの裏側にある「人のストーリー」も発信していきたいと考えています。 ――投資家などステークホルダーからの反応はいかがですか。 当社では、ステークホルダーに向けて経営概況説明会や事業戦略説明会、ESG説明会などの機会を設けています。その中で人的資本に関する項目は特に注目されていると感じます。私自身がステークホルダーと直接対話する機会も増えてきました。 「三井化学のエンゲージメントは他社と比べて低いのではないか」といった指摘を受けることもあります。エンゲージメントスコアは、企業によって調査方法や調査期間が異なるため、そもそも比較可能なデータではありません。自社は何をエンゲージメントスコアとして捉えているのか、そしてそれはどのような意味合いがあるのかについて、対話を通じて正しく見ていただけるように補足説明しながら、誠実に回答しているところです。 自分たちが取り組んでいることを戦略に基づいて語れるか。これは人事としての大きなチャレンジであることは間違いありません。新たな宿題が課されることを恐れずに、経営層としっかり議論を重ね、優先順位を明確にして対応していきたいと考えています。 ――人的資本情報開示について、今後の展望をどのように描いていますか。 ステークホルダーからは「人的資本の非財務価値をどのように財務価値へつなげていくのか」と質問されることも増えてきました。 こうした問いに正確に答えるためには、人材ポートフォリオごとにどんな特性があり、外部要因を除いたときにどのような結論が出せるのか、経営企画や財務とも連動しながら、しっかり自分たちの相関関係や因果関係を示していく必要があります。 たとえば、従業員のエンゲージメントとパフォーマンスには一定の相関関係がありそうだと考えられますよね。ただしパフォーマンスにはさまざまな要因があり、人事施策が結果になるまでには時差があります。データを積み重ねながら、自分たちにとっての最適モデルを模索していかなければなりません。 私たちはITやテクノロジーなどの無形資産が大部分を占める業種とは異なり、有形資産の影響が大きい製造業です。その中で人的資本がどんな意味を持つのかを発信していくことも、社会的に意義のあることだと思います。たとえば新規事業をグローバルで展開する際には「強いベンチャー魂を持つ人的資本」の意味合いが増すでしょう。そうした事業ごとの人的資本の意味を追求しながら、ステークホルダーはもちろん、社会全体とも対話を重ねていきたいと考えています。 (取材:2024年6月14日)
プロフィール
小野 真吾さん(三井化学株式会社 グローバル人材部 部長) おの・しんご/慶應義塾大学法学部卒業。2000年に三井化学へ新卒入社し、ICT関連事業の海外営業、マーケティング、プロダクトマネジャー(戦略策定・事業管理・投融資など)を経験後、人事に異動。組合対応や制度改定、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRビジネスパートナーを経験後、グローバルでのタレントマネジメントや後継者計画の仕組み導入、グローバル人事システム展開などを推進。2021年4月より現職。