三井化学の人事戦略 足を運んで会話する「泥臭い取り組み」がカギとなる
従業員が自律的にキャリアを考え、自律的に仲間を集めるようになっていく
――グループ統合型人材プラットフォームで管理するデータは現在、どのような形で人事施策に活用しているのでしょうか。 まずは、先ほどお話ししたキータレントや後継者のタレントマネジメントに活用しています。また、VISION 2030の実現を目指し、社会課題解決を本気で展開していくには、リーダーのみならず各地域の全ての従業員の自主性と協働が求められます。そのため「どんなスキルを持った人材がどこにいて、どのように活用できるか」が分かる社内版ビジネスSNSのような仕組みを作り、自分たちで仲間を探せるようにしたいと考え、準備を進めているところです。この仕組みを実現できればVISION 2030へ着実に近づき、海外での人材獲得競争でも優位に立てるはずです。 直近では、ある部門から提起された課題やプロジェクトに対して、グループ内のどの会社にいるどんな従業員でも手挙げ式で応募できる「Gigs」という仕組みを立ち上げました。「アフリカ市場の開拓に向けてアフリカに詳しい人を募集!」といった形で各地・各グループから人材を集め、プロジェクトを動かす実証実験も始まっています。 突き詰めて考えると、従来の配置に深く関わっていた人事の役割も今後は大きく変わっていくはず。グローバル規模での人材とポジションのマッチングはAIが支えてくれますし、従業員もより自律的にキャリアを選択できるようになっていくでしょう。そうなれば、既存の人事が担っていた配置の機能は不要になるのかもしれません。 ――人事が自らの役割を再定義するのは簡単ではないと思いますが、小野さんはなぜこうした思考になれるのですか。 私たち人事は今、経営や事業とかなり近いところで仕事をしています。会社が進む方向性や事業成功に向けた課題を、手触り感を持って理解できる状態です。そのため、実現のために何をすべきかについても人の顔が見える状態で考え、手触り感のある施策を打ち出すことができるのだと思います。 経営と人事の対話によって目指すべき姿の相互理解を深め、経営課題の変化が起こる時にはCSO(最高戦略責任者)などとも1on1をして軌道修正についてオープンに対話できる文化もあります。その意味で、常にあるべき将来像からバックキャストした人事を考えられているのかもしれません。とはいえ私たちも10年ほど前までは、こうした手触り感を持てず、人事が孤立している感覚もありました。 ――人事のあり方の転換点はどこにあったのでしょうか。 管理型人事で、制度を回してオペレーションを進め、問い合わせがあったら対応する。そんな人事部から変わるにはマーケットインの思考が必要でした。人事にとっての顧客は従業員。顧客のことを知るためには事業の現場へ行くしかないと考え、とにかく足を運ぶようにしたのです。 現場で何を話せばいいのかに悩むこともありました。「最初はとにかく雑談から」と、事業部内の休憩スペースに座って、やってくる従業員と何気ない会話をすることからスタート。そのうちに事業で困っていることや人事に対する要望を話してもらえるようになり、そうした情報は私たちの財産となりました。 そうした中でも一番の転換点は、企業買収などの大きな変革を伴うプロジェクトに参加したことだと思います。変革の現場ではリアルな困りごとが見えてきますし、現場の従業員とも芯を食った会話を交わす仲間になれます。そして、変革が起きている場所には大きな人材ニーズがあるのです。 これらの現場を経験して気づいたのは、人事に求められる本質的な専門性でした。私たちが真にやるべきなのは戦略実現に資することと、従業員を元気にすること。その専門家として社内をサポートするのだと決めてからは、取り組むべきことが自然と明確になっていきましたね。