「“死球”を与えた投手や監督が相手チームに謝罪」はなぜ増えたのか 死球に泣いたレジェンド打者が明かす「令和のプロ野球で謝罪が目立つ」理由
衣笠氏の与えた大きな影響
被死球の通算記録を見てみると、1位は清原和博氏の196、2位は竹之内雅史氏の166、そして3位は衣笠祥雄氏の161となっている。 広澤氏によると、衣笠氏が死球を受けた時の対応は、当時の選手に大きな影響を与えていたという。衣笠氏は1987年10月22日、メジャーリーグの記録を破る2215試合連続出場記録を樹立したのはあまりに有名だ。 「衣笠さんの連続出場記録は、世界記録の更新が取り沙汰されていたわけです。死球を当ててしまった投手は『記録が途切れたらどうしよう』と顔面蒼白になることも珍しくありませんでした。それでも衣笠さんは淡々と一塁に向かって歩いていくんです。そういう衣笠さんの姿を、私たちは間近で見てきました。『死球を当てられても投手に文句は言わないし、投手も謝る必要はない』という考え方が定着していたのは、衣笠さんを筆頭とする諸先輩の伝統に根ざしたものだったと思います」(同・広澤氏) ご存知の方も多いだろうが、1979年8月1日の広島・巨人戦で7回裏、巨人の西本聖氏が投げた内角球は、衣笠氏の左肩に激突した。衣笠氏は2018年4月23日に死去し、25日に配信された日刊スポーツ(電子版)の追悼記事で、西本氏が当時の秘話を明かしている(註2)。 記事によると、両軍の選手がベンチを飛び出す中、西本氏は衣笠氏の元に駆け寄り「すみません」と謝罪を繰り返した。すると衣笠氏は「俺は大丈夫。それより危ないから早くベンチに帰れ」と逆に西本氏を気づかったという。
SNSの誹謗中傷
精神的なショックから西本氏は調子を崩し、7-1の大量リードを守れず、試合は8-8の引き分けに終わった。宿舎に帰った西本氏は衣笠氏の自宅に電話をかけて再び謝ると、「大丈夫だから心配するな。それより、勝っていた試合に勝てなくて、お前は損をしたんだぞ」と予想もしなかった言葉に、西本氏は心から感動したという。 だが話はこれで終わらない。翌日、衣笠氏の骨折が判明するのだが、7回裏に包帯をぐるぐるに巻いた姿で代打出場。江川卓氏の投じた3球をフルスイングして三振し、「1球目はファンのため、2球目は自分のため、3球目は西本君のために振りました」とのコメントは、いまも語り継がれている。 広澤氏は「死球による謝罪が増えている理由は、率直に言ってSNSが原因でしょう」と指摘する。確かに実例も報告されている。 SNSで選手に対する誹謗中傷が横行していることから、2023年9月に日本プロ野球選手会(JPBPA)は顧問弁護士による対策チームを設立。チームの調査で《熱狂的に応援する選手が死球となって相手投手を執拗(しつよう)に攻撃した》ケースが明らかになったという(註3)。 「死球は結局、選手同士の問題です。むしろファンの皆さんにとっては、観戦時にファールボールでケガをすることのほうが重大な問題ではないでしょうか。NPBの観客動員が伸びているのは素晴らしいことです。ただし毎試合、かなりの観客が医務室に運ばれています。SNSでファールボールによるケガが問題提起されず、死球による投手への誹謗中傷が横行しているのは、おかしな状況だと言わざるを得ません。死球に関してはファンも冷静に受け止め、相手選手や監督に過度のプレッシャーを与えないよう注意しながら、チームを応援してほしいと願っています」(同・広澤氏) 註1:阪神 中村への死球でビーズリーが“謝罪” 帽子をとってベンチ&本人に「本当に申し訳なかった」助っ人では異例の行動 サイスニードも(デイリースポーツ電子版:9月5日) 註2:西本氏、衣笠さん死球骨折でも感動した気遣いの言葉(日刊スポーツ電子版:2018年4月25日) 註3:ひいきの選手に死球当てた 「幸せそう…気に入らない」→誹謗中傷に厳格対応 プロ野球選手会が専門チーム(西日本新聞:2024年6月24日夕刊 ※共同通信の配信記事で、他に河北新報や神戸新聞などが掲載) デイリー新潮編集部
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