島まるごと「天然記念物」南硫黄島の山頂にあふれていた<死体>。その正体は…地獄絵図のような光景は研究者にとっての天国そのもの
◆たくさんの死体と出会うための二つの条件 さて、たくさんの死体と出会うためには二つの条件が必要である。 一つ目の条件は、死体がたくさん生産されることだ。これはここが大規模な集団繁殖地であることにより達成されている。 そして、もう一つの条件は、生産された死体が速やかに分解されないことだ。たくさん生産されても、どんどん姿を消していっては出会える確率が低くなるからだ。この島では、この二つの条件がそろっているのである。 普通の場所では、死体はネズミやネコやカラスなどに食べられて速やかに生態系の中に取り込まれていく。だが、南硫黄島にはそのような大型で旺盛な分解者がいない。 しかも、ここは亜熱帯とはいっても標高916mの山頂だ。周囲を取り巻く雲霧によって太陽光が遮られていることも多く、思いのほか涼しい。このため死体が腐るスピードが遅く、ゆっくりと分解されていくのだ。
◆静かにカビが生えている死体 周囲を見回すと、いろいろな死体が落ちている。 最もよく見られるのは、まだ翼の伸びきっていない幼鳥の死体だ。鳥の羽毛は鞘(さや)に入った刀のように、細い棒のような状態で生えてくる。 次にその先端から筆のように羽毛が出現する。だんだんと鞘が割れて羽毛が広がり、私たちがよく目にする平らな正羽(せいう)になる。 幼鳥の羽毛はその途中段階なので、まだ飛ぶことができない。そういえば調査の1ヶ月ほど前に台風が直撃した。雨に濡れて体温が低下して多数が死んだのかもしれない。 死体の多くは地面に落ちていたが、中には蔓(つる)に絡まってぶら下がっている成鳥の死体もあった。地上に着陸する時に間違って草むらに突っ込んでしまったのだろう。密生する蔓に長い翼がひっかかり、もがいているうちに絡まってとれなくなったのだ。 そして、何者にも食べられないまま静かにカビが生えている死体もある。死因は不明だが、木にぶつかって落鳥したのかもしれない。落鳥とは、鳥が命を落とすことをちょっと専門家っぽく言いたくなった時に使う言葉だ。 それはともかく、無傷のまま静かにカビが生えている死体なんて、他の島では滅多に見られるものではない。私は、そよ風に揺れる白い菌糸の苗床を前に、この島の特殊性を実感した。 死体は栄養の塊である。生態系の中ではとても質の高い資源である。にもかかわらずそれが利用されることなくあちこちに散乱しているこの贅沢な空間。 これは島に過剰な海鳥があふれていることと、ネズミなど食欲旺盛で影響力の強い外来種がいないことの証左であり、それこそがこの島の特徴なのである。 そんな感慨を胸に抱きつつ、自分の使命を思い出す。