なぜ帝京大は4年ぶりにラグビー大学日本一を奪回したのか…勇退する”名将”岩出監督が細木主将と共に成就した再建計画
好タックルを決めた江良は、関西弁で殊勝に言った。 「横(の選手)とのコミュニケーションあってのディフェンスです。身体を張り続けよう、仲間のために、試合に出られへん人の分まで…」 少ないチャンスを活かして20―7のスコアで終盤を迎えるとスクラムでも圧倒した。 帝京大のパックでは、最前列の右プロップの細木が強烈に押せる。相手の左プロップ、フッカーの間を引き裂くようなプッシュには、岩出監督も「安心して見ていられる。指導者の僕ですらそうですから、選手にとってはさらにそうだと思います」とうなった。 前半こそ互いの距離の取り合いで五分の展開に映ったが、明大の最前列が変わった後半20分頃、自陣22メートルラインの右で帝京大ボールのスクラムが組まれた。 互いのジャージィを掴む「バインド」の段階では、細木は「(圧力を)くらったな」と心で悔やむ。しかし「後ろのメンバーが押してくれた」ことで、最後は前に出られた。 明大の反則を誘い、スタジアムのオーロラビジョンには、両手で拳を突き上げ、絶叫する細木の姿が映った。 「まずいなと思ったところから押し込めたことで、その感情になりました」 以後は残り1分で退くまで、持ち場のスクラムで強さを示した。そしてノーサイド。 手指の消毒をしながら会見場に来た岩出監督は、隣席する主将を称えた。 「最後(優勝の瞬間)の姿が細木の姿じゃないですかね。変わらない人間の過去と現在を対比して『そのままだな』というのはいいですが、変わった人間の過去は、もう(語らなくて)いいんじゃないでしょうかね。いい成長をしている。そこを僕は信頼しているし、学生たちも信頼してついてきたことに尽きる」
常勝集団と謳われた。2017年度まで大学選手権を9連覇。後にワールドカップ日本大会で活躍する流大、姫野和樹、坂手淳史、松田力也らを擁した2014年度は、日本選手権でトップリーグ(当時)のNECを破った。 最上級生が雑用をこなす文化、医療、トレーニング、医療の環境、有力な高校生の勧誘活動と複数の要素をシンクロさせた。 ところが2018年度以降は、やはり複数の要素がかみ合い群雄割拠の時代に突入する。帝京大が8連覇を決めた2016年度を最後に日本選手権の学生参加枠がなくなる。 現日本代表副将の中村亮土を擁した2013年度以降、チームは、学生の頂点だけでなくトップリーグ勢撃破を目指してきていたが、その目標の下方修正を余儀なくされることになり、折しも明大、早大といったライバル勢は、リクルート、コーチング、練習環境の領域でテコ入れを施していた。帝京大は、2018年度の大学選手権を4強で終え、翌19年度は3回戦敗退。失意のシーズンを終えた際、岩出監督は「色々と言葉を選ばないといけないですね…」とし、こう説いた。 「もう少し力を持っていると思っていたのですが、積み上げて来たものがまだまだ甘かった。学生は育ちもするし、甘えもするのだと感じさせてもらいました」 そこからチーム再建計画が始まる。 岩出監督はこう話す。 「今年、急にこうなったように見えますが、ここ2年間の踏ん張りがあったからこそ。(優勝は)負けて卒業していった4年生のおかげでもあると思います」 特に強調するのが、新型コロナウイルスが猛威を振るった前年度からの活動についてだ。 試合の勝敗よりも「健全=健康と安全」を重んじたと強調。従来よりも厳しい制限を設けて暮らすことで、競技活動に必要な丁寧さを涵養できたと説く。 「最初は世の中がこう(現状のように)なることにイメージがなかったのでストレスもあったと思いますが、いまは自分たちで『安全対策委員会』を立ち上げ、スタッフが引っ張っていかなくても自分たちで健全さを作っています」 2季ぶりに4強入りを果たした2020年度、公式戦のベンチでは指揮官が「我慢強く! 我慢強く!」の声を響かせた。 一時は「3年間でベスト4に2回。それでも低迷と言われる」と冗談の口調で漏らした岩出監督。この日はかように述懐した。 「連覇をさせていただいて、止まって、そこから上がってくるというのは、簡単ではなかったと思います」