ベネッセハウス ミュージアムが30年ぶりの大幅展示替え。ベネッセ賞受賞の作家ら紹介
瀬戸内海に浮かぶ直島。その中心的な施設であるベネッセハウス ミュージアムで、新たな展示が幕を開けた。 ベネッセハウス ミュージアムは、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館とホテルが一体となった施設として1992年に設立されたもので、安藤忠雄建築としても知られる。館内には 須田悦弘 、リチャード・ロング、安田侃、ヤニス・クネリスなどのアーティストたちが自ら場所を選んで制作した、サイトスペシフィック・ワークが恒久設置されており、ミュージアム周辺の海岸線や林の中にも 杉本博司、草間彌生、蔡國強などの屋外作品が点在する。まさに、自然とアートと建築が融合した場所だ。 ここを舞台に30年ぶりという大幅な展示替えが行われ、6月15日から「シンガポール美術館協働企画 ベネッセ賞受賞アーティスト作品展示」が幕を開けた。この展示で見ることができるのは、過去3回の「ベネッセ賞」受賞アーティストである、アマンダ・ヘン、ヤン・ヘギュ、パナパン・ヨドマニーと、ズル・マハムード(2016年福武總一郎特別賞)の作品だ。 ベネッセ賞は1995年、「福武書店」から「ベネッセコーポレーション」への社名変更を機に、「Benesse=よく生きる」の考察につながるような作品づくりの可能性が期待されるアーティストの顕彰・支援を意図して、ヴェネチア・ビエンナーレでスタートした。11回目となる2016年にアジアに移行し、22年までの3 回にわたり、シンガポール・ビエンナーレの参加アーティストを対象に賞を授与してきた。 会場ではシンガポール・ビエンナーレを主催するシンガポール美術館との協働により、第11回(2016年)受賞者のパナパン・ヨドマニー(タイ)、同年福武總一郎特別賞のズル・マハムード(シンガポール)、第12回(2019年)受賞者のアマンダ・ヘン(シンガポール) 、そして第13回(2022年)受賞者のヤン・ヘギュ(韓国/ドイツ)による作品を見ることができる。 仏教の教えと生活の関連性をテーマに作品を生み出すパナパン・ヨドマニーの《Aftermath》(2016)は、壁面全体を使った大型作品。天然素材とコンクリート、荒廃した寺院で拾い集めたパゴダをはじめとするオブジェが組み合わせられており、ひとつの地獄を描いたランドスケープのようだ。タイの伝統的なモチーフを散りばめ、喪失や悲しみ、輪廻、変化、進展などへの考察を促す。 都市の環境的・政治的・社会的な状況と音の関係性に関心を抱いてきたズル・マハムードが見せるのは《静粛なる抵抗宣言》(2024)だ。展示室に置かれたスピーカーと、そこから伸びるようにピンと張られた極めて細いゴムバンド。スピーカーから発せられるのは40ヘルスの作家による「マニフェスト」の音読であり、それがモールス信号に変換され、ゴムバンドに吊るされた鈴を振動させ、ごく微かな音を発している。情報が氾濫する現代において微かな声に道を澄ませることの重要性を伝えるとともに、世界には声を上げる抗議活動が許されない状況が存在するのだという事実も示唆する。 アマンダ・ヘンは1990年代半ばから、母親と自分の関係性を結びなおす代表作でもある写真シリーズ「もうひとりの女」を制作してきた。本展で展示されるのは、その新バージョンである《Always by my side》(2023)だ。これはヘンの母親が99歳で逝去したことを受けて制作されたもの。母親への深い愛情が滲み出た作品だ。なおヘンは、直島に暮らす2人の女性と、自らの日常の儀式的な行為を並列させた映像作品《ベスト・タイム》(2023-24)も展示。 ブラインドと蛍光灯を組み合わせたヤン・ヘギュの《上下反転ソル・ルウィットー1/10縮小のスチール構造》(2021)。同作はその名の通りコンセプチュアル・アートの重要作家である ソル・ルウィットにちなんだもの。ルウィットの立方体を組み合わせた作品《Steel Structure》(1975/76)を10分の1サイズに縮小し、素材を軽やかなベネシャンブラインドに素材を置き換え、逆さまに吊るされている。巨大なガラス壁に面したこの作品は、刻々と変化する光を受け、その見せ方を変えていく。 ヘギュは、「ソル・ルウィットは深く意味合いを持ち得る存在」としつつ、「彼はミニマリストであり、ミニマリズムは西洋中心のムーブメントだった。しかし、ミニマリズムは世界中にあったのではないか。ルウィットをトレースすることで自らの行為に変容させ、美術史のリニアな時系列を問い直したい」と語る。 なお本展にあわせて、ベネッセハウス ミュージアムのペインティングルームでは、ミュージアムの主要コレクションであるジャン=ミシェル・バスキアやサイ・トゥオンブリーらの作品が改めて展示されている。こちらもあわせてチェックしてほしい。
文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)