博多駅-新大阪駅の山陽新幹線全線開業50年、安全支える副作業長は22歳「縁の下の力持ちに誇り」
博多駅と新大阪駅を結ぶ山陽新幹線が全線開業して今年50年を迎える。この間、JR西日本博多総合車両所(福岡県那珂川市)は乗客の安全を支え、福岡県内二つの沿線駅は、にぎわいを生み出してきた。時代と並走してきた新幹線の拠点は、これからもレールの先の夢に向かって走り続ける。 【動画】山陽新幹線全線開業50年、安全を支え続ける博多総合車両所
「取り付け状態よし」
博多総合車両所の工場で、自分に言い聞かせるように声を発した。声の主は台車センターの整備士、稲尾友菜さん(22)。新幹線の車体を支える鉄製の台車枠(縦約2・5メートル、幅約2・3メートル)の前で、傷の有無を入念に調べ、指さし確認した。
「私は、安全を支える『縁の下の力持ち』でありたい。だから、この仕事に誇りを持っているんです」
熊本県苓北町出身。熊本市内にある高校の普通科に進学したが、インフラ(社会基盤)を支える技術職に興味を持ち、JR西日本に入社した。現在5年目で、台車のメンテナンスが主な業務だ。2年前の夏には新人社員から60歳代のベテラン社員までをサポートする副作業長となり、今では日々の保守・点検に加え、突発的な事態のオペレーションやマネジメントも任される。
「のぞみ」「さくら」「こだま」……。「新幹線のホームドクター」とも呼ばれる車両所は、同社唯一の新幹線の総合的な車両基地だ。博多駅が山陽新幹線の終着駅となることなどを踏まえ、平らな土地が広がる現在地に国鉄が整備。1974年7月に前身の博多総合車両部が誕生した。
現在、同社社員の整備士は約400人を数え、年間の検査数は、約9万8000両。この半世紀の間に、皆無だったという女性整備士は13人にまで増え、紙の図面がタブレット端末に変わるなど、現場の環境も大きく様変わりした。それでも「安全のために」との精神は、変わることはない。
初任地が博多総合車両所だった所長の浜田亮輔さん(52)は「築き上げてきた安全への思いは継承されている。次の50年に向けて、その務めをしっかりと果たしたい」と若い整備士に目をやる。