「わたしの言葉」ってなんだろう? 東京都現代美術館『翻訳できない わたしの言葉』展をレポート
今日が『わたしの言葉』記念日
思い通りに言葉を表出しにくい、または身体を動かしづらいという障害のある人や高齢者らと向き合いながら身体表現ワークショップを行なってきた「体奏家」でダンスアーティストの新井英夫。今回の展覧会では、新井のワークショップで行なわれたエクササイズを体験できるような展示となっている。 ほかにも、その日その場所の記憶を即興で踊ったという日記のようなダンス映像など、新井の活動を振り返る展示も。新井は2022年にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けている。 「ダンサーとして活動していたのに筋肉が動かなくなることに絶望した。けれど、もうちょっと生きてみようかなと思う手掛かりになったのは、障害がある人とのワークショップだった。体は動かないんだけど豊かな内面があって、こちらが歩み寄ると言葉ではないけれどお互いの『わたしの言葉』がわかる。体が動かなくなっても、それは終わりではないという僕の希望につながっています」 そして、「私が垣間見た世界っていうのを少しでも想像していただいて、どんな人にも『からだの声』があるんだということに思いを馳せてもらえたらうれしい」と呼びかけた。 金仁淑は、滋賀県のブラジル人学校サンタナ学園に通う子どもたちと、子どもたちを見守る大人たちを映したインスタレーション《Eye to Eye, 東京都現代美術館Ver.》を展示。この作品は『恵比寿映像祭 2023』にてコミッション・プロジェクト特別賞、第48回木村伊兵衛写真賞を受賞している。 展示室中央の8つのスクリーンには、サンタナ学園の子どもたちと金が約1分間見つめ合ったというビデオポートレートが映し出されている。金は、彼らが話すポルトガル語はわからないという。ポートレートは150種類ほどがかわるがわる映し出され、子どもたちははにかんだり、投げキッスをしたり、それぞれの表情でこちらを見ている。 金は「子どもたちが優しい眼差しでこちらを見つめてくれています。メディアなどではまず『在日ブラジル人』『在日コリアン』として表記されますよね。でも、この人たちもみんなそれぞれ違う人生があって、その後ろに『在日―』がある、そういうことを知ってほしいなと思ったので、歩き回りながらいろんな人と出会えるように作品をつくっています」と語った。 この展覧会では、いわゆる言語として規定される概念を拡張して「言葉」を定義していた。金や南雲が言うように、人と人が向き合ったときに大切なのは、カテゴリ分けやラベル付けではなく、お互いを個として認識、尊重したうえでのコミュニケーションだと思う。それは簡単なようでいて、無意識の部分も働くから難しい。5人のアーティストの作品は、そんな個々人の無意識を具体化し気づかせる力をはらんでいると、個人的な感想を抱いた。 八巻学芸員は「展覧会を通して、『わたしの言葉』ってこういうことなんだなって気づいたら、今日がわたしの言葉記念日――じゃないですけど、お祝いするようなハッピーな気持ちで帰っていただきたいなと思い、メインビジュアルは紙吹雪をモチーフにしています。安心して、自分の言葉を大事にできる展覧会になっていると思います」と語っていた。
テキスト・撮影 by 今川彩香