クアルコムのSnapdragonがIoT戦略を加速。AI・ロボティクスのパートナーを強化
米クアルコムが日本におけるIoT事業を加速させる。日本法人のクアルコムジャパンは8月28日に都内で「Qualcomm DX Summit Japan」と銘打つイベントを開催し、パートナー企業とともに同社のIoT向けソリューションを紹介した。 【画像】最新のSoC「QCS6490」を中核とするIoT向けの開発キット「Qualcomm RB3 Gen 2」がリリースされている ■IoT向けSnapdragonシリーズのチップセットが好調 イベントに先駆けて実施された記者会見にはクアルコムジャパンの副社長である中山泰方氏が登壇して、IoT事業の領域拡大を目標とする技術革新と投資の戦略を語った。 クアルコムといえばスマートフォンなどのモバイル向けに、あるいは昨今ではAI PCなどのコンピューティングデバイス向けに展開する「Snapdragon」シリーズのシステムICチップ(SoC)を開発・提供するメーカーとして広く知られている。実はIoTの分野においてもクアルコムの名前は誉れ高い。例えばスマートホームやウェアラブルを含むコンシューマ向けの領域から、産業用ロボットやAIセキュリティカメラ、その他小売りや物流・運輸業界のデジタルトランスフォーメーションを実現するソリューションまで幅広く裾野を広げている。 記者会見にはクアルコムAPACのSVP & プレジデントであるOH Kwon氏も登壇した。Kwon氏は「当社のIoT事業において、日本市場は最も重要な地域のひとつ」だと語る。IoTの分野はエンドカスタマーのニーズも多様性に富んでいる。ゆえにひとつの企業だけではエコシステムをつくることは困難だ。「クアルコムとパートナーによる連携を強化、拡大しながら日本の産業を発展させるエコシステムの確立に貢献したい」とKwon氏は意気込みを語った。 ■AIソリューション開発のソフトウェア開発環境も揃う 米クアルコムは4月にドイツで開催されたイベント「Embedded World」に出展し、同社最新の産業機器向けAIプラットフォームである「Qualcomm RB3 Gen 2」を発表した。 その中核を成すSoC「QCS6490」には、高性能なAI機能を備えるロボティクスを実現するためのマルチOSにECCメモリ、ハイパーバイザーなどが統合されている。デベロッパのリファレンスとして役割を担う開発キットもリリースされている。 パートナーが高度なIoT向けソリューションを実現するためには、SoCやハードウェアの他にソフトウェアも欠かせない。クアルコムが提供するソフトウェアの開発環境「Qualcomm AI Hub」は、推論処理の性能をWebサイトで確認できるツールを備え、100種類を越える既存のAIモデルに対して柔軟な最適化ができる点を特徴とする。中山氏によると「ソフトウェアベンダーには開発のために必要な時間とコストを短縮できるメリットがもたらされる」という。 クアルコムのIoT事業におけるポリシーは、モバイルやコンピューティング分野のそれと同様に単純明快だ。中山氏は「クアルコムのソリューションを採用するデベロッパがスムーズに開発を進められるように万全の環境を提供する」と明言した。「当社が一気通貫で提供する開発環境が、採用いただくパートナーの皆様により多くのPoC(試作開発)や商品開発に役立つ形で貢献できると確信している」(中山氏) ■国内の新たなISVパートナーが加わる 現在もIoT、つまりは「モノのインターネット」へのデジタルトランスフォーメーションを各所に広げている途中の過程にある。これからIoTが広がる可能性のある領域が多方面に存在するがゆえに、非常に高度なデジタルテクノロジーと、既存のソリューションをつなぎこむ際には、いわば「デジタルトランスフォーメーションの水先案内人」的な存在も必要だ。 クアルコムではISV(Independent Software Vendor)と呼ばれる、「クアルコムのソフトウェアにつなぎ込むためのソフトウェア」を提供する外部パートナーとのつながりを拡大し、深めている。クアルコムにとってのISVパートナーは世界各地域に存在する。ISVパートナーが担っているのは、例えばエンドカスタマー製品にAIアルゴリズム、画像・音声処理エンジン、UIフレームワーク、デバイスマネジメントなどを実装するためのソフトウェアである。つまりはエンドカスタマーの製品やサービスにとって「差別化要素」にもなる大事なパートだ。クアルコムにとっては同社のチップセットを活用するソリューションの早期市場投入が実現するためにも、ISVパートナーとの連携を深めることが重要な意味を持っている。 クアルコムジャパンも日本のISVと連携しながらこれまでに事業を広げてきた。このたび新規に2社のISVと契約を交わしたことが記者会見で発表された。 1社はAIやロボティクスの技術を得意とするPreferred Roboticsだ。同社によるSLAM(自己位置推定とマッピング)の技術がクアルコムのロボティクスプラットフォームに加わる。記者会見に出席した同社の代表取締役CEO 磯部達氏は「これまでに様々なIoT向けSoCを評価してきたが、クアルコムのソリューションは全体のバランスが良く、特に電力消費の効率の良さにおいて他の追随を許さない。クアルコムと当社の技術がパートナーシップを組むことにより、高い計算能力を必要とする高性能なロボットを私たちが得意とする低消費電力で実装できる。今回のパートナーシップにより、ロボティクス産業の発展に貢献したい」と述べた。 もう1社が小売店舗などリテール向けのAIカメラソリューションのベンダーであるAWL(アウル)だ。同社が開発したIoT向けSnapdragonのチップを搭載するデバイスは、北海道を代表するドラッグストア「サツドラ」で既に稼働しており、顧客分析などに活躍している。今回の提携により、今後AWLのコア技術である「AWL Engine」がSnapdragonプロセッサに搭載される。記者会見に出席したAWLのCTOである土田安紘氏は、クアルコムのSnapdragonシリーズの優位性を2点挙げた。 「ひとつがコストパフォーマンスの高さ。高性能で安価なチップが使えることから、リテール業界のオペレーションを支えるエッジAIデバイスを安価に提供できるメリットが生まれる。もうひとつはデベロッパが使いやすい開発環境があることだ。エッジAIの社会実装を広げることでスマートリテールの拡大に貢献したい」(土田氏) ■IoT向けパッケージ「Qualcomm Awareプラットフォーム」の展開を開始 クアルコムは2023年の12月に、ハードウェアとソフトウェアのサービスを統合したIoT向けのパッケージソリューションとして「Qualcomm Awareプラットフォーム」をローンチしている。SoCから通信技術、様々なセンサー、クラウドソリューションまでを一気通貫に揃えるパッケージであることから、「Awareプラットフォームを活用するとハードとソフトの連係するサービスをすぐに開発できる」ことが特徴だと中山氏は語る。 Qualcomm Awareプラットフォームを活用したPoC(試作開発)も各所で開始している。日本国内ではマクニカがシステムインテグレーターとなり、エンドカスタマーである大日本印刷が求めるソリューションのPoCがこれから始まるという。 中山氏によると、クアルコムは今後も同社の「Embedded Design Centers(EDCs)」プログラムを通じて、IoT向けの開発支援を強化していくという。同デザインセンターにもITソリューションプロバイダのNSW、Silex Technologyがパートナーに加わる。今後は「Qualcomm」「Snapdragon」の名前を目にする機会がさらに増えるだろう。
山本 敦