僕らがアメリカン・ファッションに惹かれる理由──特集:2024年秋冬、新しいアメリカン・ファッション
メンズファッション業界屈指の博識で知られる小暮昌弘による極私的アメリカン・ファッションコラム。 【写真の記事を読む】メンズファッション業界屈指の博識で知られる小暮昌弘による極私的アメリカン・ファッションコラム。
世界中の人がアメリカン・ファッションに魅せられた理由
「私はプレッピーやウェスタン、ネイティブアメリカンの衣装、ミリタリーものが大好きで、自分でも着ていますし、それからインスピレーションを得て服を作ることはあります。─中略─私の服はひと言でいうと、スポーツウェアです。カジュアルな気分で着られる服です」 これは2018年に『T JAPAN』に掲載されたラルフ・ローレンのインタビュー記事からの引用だが、アメリカン・ファッションの真髄を言い当てている。 アメリカという国はこれまで多くのファッションを生み出してきた。アイビーやプレッピーといったカレッジスタイル、ジーンズやTシャツなどに代表されるそもそもアメリカで生まれた記念碑的なアイテム、あるいはヒップホップのような音楽にルーツを持つストリート的なスタイルなど多々ある。また昨今の「アスレジャー」ブームに繋がるリアルなスポーツウェアやアウトドアウェアもいかにもアメリカらしいアイテムだろう。それらの多くが実用性にあふれ、流行や時代に左右されることないものを主軸に置いている。 アイビーやプレッピーはそもそもファッションではなく、学生たちが普段着で合わせたスタイルが源流だ。ジーンズやTシャツなどは普遍的なデザインがあり、いつの時代もこれらのデイリーウェアにデザイナーが手を加えることによって、オリジナル製品とは違ったアイテムが出来上がり、新しいアメリカン・ファッションが生まれる。これらは誰もが過去に身に着けた経験があるアイテムだけに着こなすハードルは決して高くはない。手持ちのワードローブとも合わせやすい。これが日本を含めて世界中の人がアメリカン・ファッションに魅せられた理由だと私は思っている。これがサヴィル・ロウに代表される英国のジェントルマンスタイル、あるいはパリやミラノのコレクションでランウェイを飾るようなモードな服だとそうはいかない。服の方が着る人を選ぶからだ。 ラルフ ローレンの旗艦店はニューヨーク・マディソンアヴェニューのシンボルのひとつ。 一方でアメリカはファッションといえどもビジネスが肝心だ。注目を浴びてビジネス的に成功しなければ、どんな優秀なデザイナーでも、あるいは革新的なブランドでもすぐに消えていく運命にある。だからこそプレゼンテーションが大事で、成功したブランドやデザイナーはそれがとても上手なのだ。ラルフ・ローレンが86年にNYのマディゾン街72丁目に建てた初めての旗艦店は、圧巻の作り、彼の貴族趣味が反映されたものだが、この店はドレスクロージングが中心だった。カジュアルな店ではコレクションがニューヨーカーの制服のように変わる前、80年代のサファリスタイルに主軸にしていたころのバナナ・リパブリックのショップ作りが素晴らしかった。店内にジープを並べ、ジャングル風のインテリア。躍動感があり、店に入ると魔法にかけられた感覚を覚えた。 05年にニューヨークのバワリー地区にオープンしたフリーマンズ・スポーティング・クラブも実に面白い店だった。人気レストランのオーナーが作った小さな店だったが、開店当時店内にあったのはアメリカ製のものばかり。マーティングリーン・フィールドで仕立てたジャケットがあるかと思えば、手縫いのクオディのモカシンなどが隣りに並ぶ。商品それぞれに「ここから何マイル」と製造場所が書かれていたように思う。店の並びにはオーナーが一緒のバーバーを併設。こんなカッコいい店はこの街でも珍しかった。ニューヨークのトライベッカに開店したJ.クルーのリカーストアも忘れ難い店だ。この地区で古くから住民に愛されてきた酒屋を改装、ウィンドゥや看板にもその名残りが残っていた。品揃えはJ.クルーネームのカジュアルウェアと、日本のセレクトショップでも見られるオールデンの革靴やベルスタッフのライダージャケットなどが並ぶが、タイムスリップしたかのような雰囲気の中にこれらの商品が置かれると、アイテムそれぞれが語りかけてくるものが違ってくる。 現在でも米国メイン州の自社工場でメイド・イン・USAを貫くL.L.ビーンの「ボート・アンド・トート」。今年4月に誕生80周年を記念した日本限定デザインが発売され話題を集めた。 メイン州フリーポートにあるL.L.ビーン本店はもし行く機会があれば覗いて欲しい店だ。創業は1912年。夜でもアウトドアーズマンが道具を求めて扉をたたくので、51年からは24時間営業に。店の前に巨大なビーンブーツが鎮座し、釣り道具売り場は竿が振れるほど高く広く、テントはどれも建てられたまま飾られ、夜でも客が絶えないほどの人気。もちろん品揃えは圧巻で、あれ以上のアウトドアショップを私はまだ見たことがない。ショッピングすることもエンターテイメントのひとつと言ってしまえば、それまでだが、これらの環境を体験できた記憶は手にした服にも確実に刻まれるものだ。現地で購入するアメリカンファッションは、それだけで“特別”なものとなる。 20世紀の終わりから、インターネットの普及によって、地球は狭くなった。アメリカのどのブランドも自社サイトを作成して直接顧客と取引をする傾向が強くなったので、ショップやアイテムのプレゼーションに力を注ぐケースが減ったようにも思える。話題そのものが少ない。この店を見るためだけに現地に行きたいと思うアメリカブランドやショップも今やほとんどない。 アメリカン・ファッションにも何か起爆剤が必要だろう。そこで私の勝手な願いだが、アメリカ人以上にアメリカが好きで、もの作りまで熟知している日本人にアメリカのどこかのブランドを任せてはどうだろうか。今ならば、私はニューヨークで製品を作り続けるエンジニアド ガーメンツの鈴木大器さんなら最適だと思う。すでにウールリッチと組んだ実績もある。キャプテン サンシャインのデザイナー、児島晋輔さんにお任せすれば、面白いサイジングのアメリカンスタイルが見られるだろう。あるいはホワイトマウテニアリングの相澤陽介さんもぜひとも推薦したい。元コム デ ギャルソンだけに、これまでのアメリカブランドにはないモード的なセンスを製品に注入できるのではないか。17年にはアメリカの老舗、ハンティング・ワールドのディレクションを担当していたキャリアもある。 ファッションブランドとのコラボレーションだけでなく、サッカーや野球チームからホテルのディレクションまで、さまざまなフィールドを手がけるホワイトマウンテニアリングの相澤陽介。 日本の多くのショップやブランドで生産されている日本生まれのアメリカン・ファッションのアイテムはアメリカブランド以上に素材やデザインにこだわり、縫製も丁寧で、ある意味アメリカで買うものよりもアメリカらしいアイテムが多い。現在のアメリカンファッションブランドにこれらの要素を加えれば、新たなる展開が見られるのではと、私は密かに思っている。 小暮昌弘 法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。2006年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。
文・小暮昌弘 編集・高杉賢太郎(GQ)
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