日本企業で「必要以上に働かない社員」を増殖させた、働き方改革の落とし穴
現場に届かない不毛な空中戦をしていないか
そうした長期的な課題に取り組むモチベーションになるのが、組織効力感です。「この会社のこの仲間と一緒にやりたいことがある」「この会社がしょぼい組織になったら嫌だから自分もがんばる」といった情緒的コミットメントでがんばれることはたくさんあります。 ところが、これを作れる組織やマネジャーがほとんどいない、というのが現実です。 近年は組織の「ミッション・ビジョン・バリュー」を個人の価値観と重ね合わせることが大事だ、といったことが盛んに言われる一方、本当にそんなことができている組織はほとんどありません。前回の連載でもお話ししたように、組織とは小宇宙の集合体です。個人にとっての「組織の実態」とは、自分の半径5m以内くらいで感受される世界のことです。 ところが、多くの組織では、例えばミッション・ビジョン・バリューやパーパスの策定に取り組んだとしても、経営層など組織の上層部での空中戦で終わってしまい、地に足のついた施策として「半径5m以内の地上」まで下りてくることはないのです。 しかし、そうした「それっぽい取り組み」は他社を参考にしやすく、また形に残りやすいので、「ひと仕事やった感」を出しやすくなります。キャリア自律支援、コーチングやフィードバックといった流行の研修を「とりあえず」入れておくのもそうです。人的資本開示を推進する流れも、「人的資本開示映え」を意識して、こうした空中戦偏重に拍車をかける結果になっています。 実際、CHRO(最高人事責任者)や人事部長の話を聞いていても、「弊社ではサーベイを元に、定期的な対話を実施するなど、コミュニケーションを大事にしています」などと、抽象的でそれっぽいことは言うものの、「現場の従業員が自分の半径5mでどんなことを感じているか」という組織の実態については、驚くほど解像度が低い場合が少なくありません。 こうした現実に「これ、実は意味がないのでは......」と気づいた企業の方々から、お問い合わせをいただくことも増えています。経営層や人事部はそうした現実から目をそらすことなく、現場が本当に求めていることが何かということに、しっかり向き合う必要があります。 例えば、組織効力感を高めるうえで大事なのは、ミッションよりもナラティブです。ナラティブとは、個人の経験を経由して、その仕事をする意味が自分の中で生成される物語のことです。 子どもの頃、初めての友達はゲームを通してできた。その後もゲームを楽しむ中で、「何回でもやり直せる」という人生観を教えてもらった、だから自分もゲームをつくりたいんだ、とかですね。 ナラティブがしっかりしていると、情緒的コミットメントも生まれやすくなります。「自分が・この会社で・この仕事を」やる意味が明確になるからです。こうした人材が活躍できる組織は、言うまでもなく成長し続ける組織であることができるでしょう。 今回は、近年流行のマネジメント手法が、実はコスパ人材を育て、組織の硬直化を招きやすい構造についてお話ししました。次回は、組織効力感を高め、組織の成長を促すために、経営層やマネジャーに真に求められるのはどのようなことなのかについて、考えてみましょう。
坂井風太([株]Momentor代表)