日本企業で「必要以上に働かない社員」を増殖させた、働き方改革の落とし穴
組織コミットメントの3つの要素
そんなことになってしまうのは、自己効力感だけ高めて、組織効力感を高められていないからです。実は、この傾向を加速させている一因が、この10年ほど盛んな「働き方改革」だと私は考えています。 働き方改革が必要とされた理由は、端的に言えば、少子高齢化による労働人口の減少に対応するためです。労働力不足が深刻化する中で、労働生産性を向上させるとともに、育児や介護といった制約のある人材や価値観の異なる外国人といった多様な人材に働いてもらえるように、また優秀な人材に選ばれる職場であるために、彼らの要望に応えられるような柔軟な働き方に対応することが、企業の課題となりました。 しかし、実際には働き方改革推進の原動力となったのは、ブラック企業へのアンチテーゼでした。そのため、「働き方改革」の取り組みは、労働生産性の向上よりも、「働きやすさ」を実現するための施策に集中していきました。 その結果、特に非管理職の労働時間は減少し、有休消化率は上昇していきました。大企業を中心に、多くの組織で仕事の量的な負荷は解消され、その意味ではたしかに「働きやすい職場」になったと言えるでしょう。 しかし、これらの施策が、労働生産性アップや、従業員の働きがい、モチベーションの向上につながっているかと言えば、そうはなっていないと私は考えています。その理由を、「組織コミットメント」の観点から説明しましょう。 組織コミットメントとは、従業員の組織に対する帰属意識や関係性を表す概念です。これが高いと、生産性向上や離職率の低下、コミュニケーションの活性化といった、ビジネスへのポジティブな影響が期待できます。 組織コミットメントは、情緒的コミットメント、存続的コミットメント、規範的コミットメントの3つに分かれます。 情緒的コミットメントとは、「この会社がつくり出している価値に共感できる」といった働きがいや、愛社心といった情緒的な部分で形成されるコミットメントです。 情緒的コミットメントが高い層は、基本的に満足度やモチベーション高く仕事に取り組んでいます。先ほどの話で言えば、「こぼれ球を拾う、やる気のある人材」です。それゆえに「コスパ人材」の犠牲になりやすい存在でもあり、この層が抜けてしまうと、組織の地盤沈下が起きることになります。 次の存続的コミットメントとは、「この会社にいるほうが、外に出ていくより損をしないだろう」といった、損得勘定に基づいて形成されるコミットメントです。福利厚生や勤務地、給与といった労働条件がコミットメントに影響しやすく、「コスパ人材」の温床になる層でもあります。 そして規範的コミットメントとは、「所属している会社には貢献すべきだ」「ルールは守るべきだ」といった、社会的な規範意識から形成されるコミットメントです。この層は組織への忠誠心が篤いので一見良さそうですが、「過剰な愛社心」によって、本来の意味での心理的安全性を失わせ、組織の硬直化を招くリスクをはらんでいます。 また近年、規範的コミットメントは、2つの要因で持ちにくくなっています。一つは価値観の変化です。働き方改革の進行とともに、かつてのような滅私奉公的な働き方や長時間労働は美徳とされなくなりました。 もう一つが、終身雇用が崩壊し、一つの組織で出世しながら勤め上げる人生モデルの崩壊が起きたことです。終身雇用・年功序列の時代には、「努力して勝ち上がること」「会社に貢献すること」が大事だという考えが、存続的コミットメントと結びついて存在し、組織のためにがむしゃらに働く動機づけができましたが、「一社で勤め上げる」という意識が薄くなった現代では、そうした努力や献身を正当化しにくくなったのです。