flumpool山村隆太 デビュー5周年 苦悩を語る
昨年秋、デビュー5周年を迎えたflumpool。4月からは、全国10万人動員ライブを敢行し、5月には、これまでの軌跡を収録したベストアルバムをリリースする。2008年、『花になれ』で衝撃的なデビューを果たして以来、常に第一線で活躍している彼らだが、その道程は決して順風満帆ではなかったという。音楽と向き合い、夢を追いかけてから、メジャーデビュー、そして現在に至るまでを、ボーカルの山村隆太が赤裸々に語った。 ■一度、あきらめていた音楽への道 山村がミュージシャンとしてやっていきたい、と初めて人に話したのは、高校3年の春。「高校をやめて、自分の夢を追うために海外にいった仲間がいて、無意識に触発されたんだと思う。それで、母親に『ミュージシャンになりたいからボイトレ(ボイストレーニング)に通いたい』と言ったのを覚えています。でも母親からは、『受験からの逃避やろ』って言われて…。『確かに』、と思ったんで、結局、ボイトレには行かなかったですね」。 大学に入ってからは、しばらく音楽から離れた生活を送っていた。「海外と関わる仕事がしたい、と思って、入学当初は、必死で英語を勉強していました。オーストラリアにも短期留学にも行きました。あとは、野球のサークルにも入っていました」と、大学生活を満喫していた。しかし、調理師になる、と大学を後にした友人に触発され、「仲間が夢を追いかけて行動しているのに、焦りを感じるというか、自分はふわふわしているな、と思いました」と、再び音楽の道を目指すこととなる。この頃から、路上ライブを行うようになっていった。 ■教育実習での経験が覚悟を決めさせる それでも、“腹をくくる”までにはいかなかったようで「保険をかける意味もあって、大学はちゃんと卒業しました。卒業して最初の1年は、なにもやっていなかったのですが、(教員免許取得のため)教育実習にも行きました」と、どっちつかずの生活を送っていた。しかし、この教育実習が、覚悟を決めかねていた山村の背中を押すことになる。