人形浄瑠璃で深まった日本語と日本文化への理解 クロエ・ヴィアート(フランス、順天堂大学准教授)
複雑な芸が訴えかける人間の普遍性
装飾のほとんどない空間。静寂を切り裂く三味線の響き。黒衣に身を隠した人形遣いの手で、木製の人形たちが躍動する。この簡素な舞台の裏には、日本文化の奥深さへといざなう精緻な芸が隠れている。それに触れられたことに、クロエは大きな喜びを感じている。 「人形浄瑠璃と出会ったのをきっかけに、日本の舞台芸能について、たくさんのことを学ぶようになりました。日本語だけでなく、歴史、文学、仏教から男女の関係まで。泣き方にもいろいろあるし、刀や槍(やり)をどう持つか、機織りをどう使うか、どうやって着物を縫うか、帯やひもをどう結ぶか……、学ぶことは無限にあります。終わりがないからこそ、夢中になれるんです」 08年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された「人形浄瑠璃文楽」。とはいえ、永続が保証されたわけではない。上演されれば多くの観客が足を運ぶが、若い世代にまで浸透しているとは言いがたい。クロエは人形浄瑠璃が若者に訴える魅力についてこう語る。 「物語のほとんどが現代の私たちの関心事とかけ離れているのは確かです。ただ興味深いのは、愛や思いやり、一方で欲やおごりなど、時代を超えた普遍的な心情が描かれていることです。そこが観客の心に訴えかけられる。子どもたちも大喜びします」
日本語の習得は富士登山のようなもの
舞台の外では大学の教師というもう1つの顔を持つクロエ。東京の順天堂大学でフランス語を教えている。それ以前には、新潟のテレビ番組にコメンテーターとして出演したほか、NHKテレビ・ラジオのフランス語講座で長年レギュラーを務めるなど、多才ぶりを発揮してきた。 テレビカメラの前で外国語を話すのは、とてつもない緊張を強いられるはずだ。そうした困難に自分の意志で臨み、打ち勝つことこそがクロエを成長させてきた。 「生放送の番組を即興で乗り切る時間は、自分がそれまでに学んできたことを大いに刺激してくれます。日本語で書かれた台本を暗記することで、知らず知らずに付いてしまった癖がうまく直せるんですね。私たちにとって、例えば、主語に続く『~が』と『~は』とか、場所や時間を表す『~に』と『~で』といった助詞の区別は難しいですが、それが自然と身に付くのです」 外国語を習得するには練習あるのみ、というのは誰もが知ることだが、それが簡単ではないからこそ挫折も多い。クロエの場合は、自分が情熱を注げるものとの出会いが大きかった。最後に、続けるための心構えを聞いてみよう。 「困難から逃げずに、自分の前に立ちはだかる山に立ち向かうこと。富士山を登る途中には、いくつかの休憩所がありますよね。そこまでたどり着いたら少し息を整え、さらに上を目指して新たな挑戦をする。上達するにはそれしかありません。でも何より大切なのは、自分が楽しめる挑戦をすること。語学の勉強も人生も、楽しむことが成功のカギだと思います」 (文中敬称略) 取材・文:ヴァンソン・フィンダクリ(ニッポンドットコム) 原文フランス語、編集部/海外発信部が翻訳・編集