「3つの改革」で売上5倍に 茅ヶ崎の町工場の“リアル下町ロケット”の奇跡 モノづくり大国ニッポンが復活
実際、地球に帰還した無人補給船「こうのとり」に搭載された小型回収カプセルの姿勢制御に使われた部品は、由紀精密によるものです。金属の粉末を電子ビームで固める3Dプリントと切削加工を組み合わせた複雑な形の部品で、設計段階から3年かけてJAXA や東京大学などと共同開発したといいます。
2011年にパリで開催された航空宇宙機器の国際見本市では、技術サンプルとしてノベルティ配布した前述の「SEIMITSU COMA」が大きな反響を呼びました。その際、このコマをウェブサイトから大量発注した人物が、スペースデブリ(宇宙ごみ)除去の技術開発に取り組む宇宙ベンチャー「アストロスケール」CEOの岡田光信氏でした。両社はその後、事業パートナーとして業務資本提携にまでつながっています。
こうした地道な取り組みを積み重ねて、由紀精密の業績は少しずつ上向き始めました。売り上げは10%平均で伸び続け、5年間で取引会社の数は3倍に。それでも、業績が少しよくなってきたな、と実感できるようになるのに10年以上かかったといいます。 当時のことについて大坪さんは、「家族としては、忙しかったベンチャー企業を辞め、実家の工場を継いだら少しは時間の余裕ができるだろうと思っていたようです。でも、まったくそんな余裕はありませんでした」と笑います。 2008年に発生したリーマンショックもなんとか乗り越えて、2013年に3代目として社長に就任。18年には売上高が入社時の約5倍になりました。2015年には海外進出し、航空宇宙産業の盛んなフランスに子会社を設立しています。 中小企業の多くは新規営業や開発に力を入れる余裕がなく、自社が持つ技術をうまく活用できていません。それでも、きっかけさえあれば業績を回復することができる――このことは、大坪さんにとって貴重な経験となりました。こうした知見を体系化した「YUKI Method(由紀メソッド)」を武器に、いま大坪さんの新たな挑戦が始まっています。 取材・文:西岡千史 撮影:伊ケ崎忍 編集:鈴木毅(POWER NEWS) デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio) タイトルバナー:由紀精密