沈みゆく島の人たちは「先進国を“許している”」。PwCから一転、バリ島のホテルから気候変動に声を上げる日本人
無給で働いた立ち上げ時代
世界のどこかに犠牲を出してまで発展を続ける社会に疑問を抱いた濱川は、2014年に夫の知宏とともにアース・カンパニーを設立。“不条理”が起こり続ける社会に対し、自らの力でアクションを起こしていくことを決めた。 そうはいっても、組織運営は決して楽なものではない。NGOの特性上、世の中にインパクトを与えるほどに、組織の資金繰りは苦しくなっていく。クラウドファンディングや企業からの支援が順調に回りだすまで、濱川は無給で働いた。 2014年からはじめた「インパクト・ヒーロー支援」では、未来を大きく変える可能性を秘めた“チェンジメーカー(社会起業家)”を「インパクト・ヒーロー・オブザイヤー」として1名選出し、計3年間並走支援する。ビジョンの見直しや、経営計画、組織作りまで、個々のニーズに合わせ幅広く支援を行うのが特徴だ。2022年からは最大10名のファイナリストにまで、その支援を広げている。 「インパクトヒーロー支援」の第一号に選ばれたのは、大学院で知り合ったベラだった。彼女は大統領補佐官となり国の再建に努めながら、私財とアース・カンパニーの支援を得て、2015年に東ティモール初の環境学校を設立。その後も貧困に苦しむ女性やLGBTQの雇用機会を作り続けている。 これまで、竪穴式トイレが主流のモンゴルで、健康被害を減らすべく安心安全でエコなトイレの普及に取り組むヒーローや、僻地に暮らすネパールの子どもたちに質の高い教育を届けるヒーローなど8名の「インパクトヒーロー・オブザイヤー」が誕生した。ファイナリストを含むヒーローは19カ国44名にも及ぶ。
サントリーも新卒研修に採用
現在、「アース・カンパニー」は対教育機関、対企業、対社会人向けの人材育成プログラムも提供中だ。日本企業ではサントリーの新卒2年目社員250人全員が「マナ・アースリー・パラダイス」を訪れ、バリ島経済を支える観光産業が生み出した多くの環境・社会課題を学ぶ研修を受ける。目の前にある課題を体感して心を動かされることで、グローバルな視座やサステナビリティの感度を身につけてもらうことが目的だ。 アース・カンパニーは今年で10周年を迎える。この10年を振り返り、社会・環境課題は「極めて深刻な状況」としながらも、希望を捨てない。 「日本の経済界の中で環境問題や社会課題に対する認識は以前よりも上がってきている印象を受けます。 これまでは“企業対NGO”という対立構造がありました。でも、サントリーの研修もそうですが、すでに双方が協働するメリットが認識される時代になってきました。 お互いがより尊重しあえれば、優秀な人材が行き来して、双方の課題解決が加速していくと思うのです。私はそんなモデルを作りたい」 濱川はこれからも“不条理”をなくすために、バリ島から声を上げ続ける。
市川みさき