「夜寝ている間」も、「生まれたばかりの赤ん坊」でも呼吸ができるワケ
横隔膜を休めて不調解消
ストレスなどで心身の不調に陥りやすい人が増えていった昭和の時代の、解剖学者・三木成夫(1925-1987年)は、歌ったり、おしゃべりしたりすることが、息詰まりの解消につながると述べています。 なぜでしょう。もう一度、横隔膜の特徴をみてみましょう。 横隔膜は運動神経が支配する骨格筋でしたね。骨格筋は一般の内臓の筋肉である平滑筋に比べて疲れやすいという特徴があります。手足は疲れたら休めることができます。でも横隔膜は生きている限り動かし続けねばなりません。安静時でも働いているのに、根を詰めて浅い呼吸ばかり続けていると、横隔膜は疲労してしまうでしょう。そのようなときは、肩肘の力を抜いて、横隔膜の余分な張りをとってあげるのがよいといいます。横隔膜を休めるためには、息を吐く時間をしっかりつくってあげればよいのです。 声を出すというのは、息を吐くことが原動力となっています。それゆえ、歌やおしゃべりは理想の息抜きといえましょう。歌う際には腹筋も使いますね。腹筋を使って歌っている間(息を吐いている間)は、横隔膜は少し休めるのです。 田植えから稲刈りまで、かつては歌声に合わせて仕事をしていたといいます。心身の健康を保つために、私たちの祖先が長い歳月をかけて身につけた知恵なのかもしれません。 現代社会は休む間もなく情報が飛び交う時代です。情報に翻弄され、呼吸が浅くなっている人は、三木が呼吸について述べた時代より遥かに多いことでしょう。たまには目と頭と横隔膜を休めると、不調はとれるかもしれません。座禅による呼吸法、ゆっくりと吐く呼吸が推奨されるのも、横隔膜の張りをとってあげる意味合いがあるのでしょう。
心と呼吸はつながっている
呼吸という機能に自律神経は関係しないのでしょうか? そんなことはありません。自律神経もしっかりと関わっています。肺の状況や酸素の不足など、片時も休むことなく情報を延髄まで伝えているのは内臓求心性線維という自律神経の求心性神経です。 息を吸い過ぎることもなく、吸った後に必ず吐くのは、内臓求心性線維と呼吸を司る延髄の働きがあるからです。また酸素が足りない状況下で呼吸数を増やし、体内の酸素濃度を一定に保っていられるのも内臓求心性線維と延髄の働きによります。内臓求心性線維の働きについては第6章で解説しますね。 不自然な呼吸法を行っていると、気分が悪くなることもあるでしょう。これは肺の内臓求心性線維や延髄の働きを無視しているためと思われます。呼吸法は自分に合ったリズムがいいですね。 ストレスなどで交感神経の活動が高まっているとき、深い呼吸をすると気持ちがやわらぎます。これは、ゆっくり息を吐くことで心臓の副交感神経活動が高まるためでしょう。心と呼吸はつながっているのです。 さらに連載記事<意外と多い…1日に分泌される「唾液の量」と「その種類」>では、人間の唾液の仕組みについて詳しく解説しています。
鈴木 郁子(歯学博士・医学博士・日本保健医療大学保健医療学部教授)