岸井ゆきのにインタビュー、『若き見知らぬ者たち』で感じた役者人生初の体験とは
自主映画として完成させた『佐々木、イン、マイマイン』(2020)で鮮烈な青春を描き切り、絶大な支持を集めた内山拓也監督が8年前から温め続けてきたのが、監督にとって商業長編デビュー作となる『若き見知らぬ者たち』だ。高校時代はサッカーで前途有望だったにもかかわらず、難病を患う母・麻美(霧島れいか)の介護をしながら亡き父の借金返済に追われる生活に人生を捧げざるを得なくなった風間彩人(磯村勇斗)は、総合格闘技のタイトルマッチに挑む弟・壮平(福山翔太)に叶わなかった夢を託している。彩人の恋人で看護師として忙しなく働きながら、麻美の介護を家族の一員のように担う日向を演じたのは岸井ゆきの。2022年、主演映画『ケイコ 目を澄ませて』で第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したことも記憶に新しい岸井の映画愛とプライベートに迫った。 【動画・写真】岸井ゆきのが語る、“芸能界にいながら普通であること”
役者人生で体験したことのない感覚を味わった作品だった
──『若き見知らぬ者たち』の脚本を読んだ時、どう思いましたか? 脚本としてすごく面白いなと思いました。映画になった時の画がはっきり見えて、ラストに向けて疾走していく感じが文字から見て取れました。きっとこの台本と監督と俳優陣がいれば、物語の立ち上げにエネルギーを使うことなく、そのまま物語に力を注ぐことができる。「なんでここがこうなるんだろう?」とか「なんでここにこのセリフがあるんだろう?」という疑問がなくて全部が納得でき、ひとつの読み物を読んだという感覚が強くあり、是非参加したいと思いました。日向はすごく難しい役で、日向が全部背負っていくんだなと感じました。 ―─内山監督は「出演者の方々と一緒に考えることで高みを目指したかった、並走してもらえることが大事だった」とおっしゃっています。その思いは現場でどう感じましたか? クランクイン前に何かを話し合うことはなかったんですが、シーンごとに「このシーンはこういうシーンだよね」っていう確認をしながら撮っていきました。内山監督は「こういうシーンだからこうしてほしい」という演出をするというより、真に迫ることを言ってくるんです。元々「日向はずっと感情を押さえて我慢してほしい」と言われていました。「こんなにひどいことがたくさん起きるのに耐えなきゃいけないんだ」と思って、かなり辛かったんですが、監督が私自身を肯定してくれる感じがあったので、それによって私の話をしているのか日向の話をしているのか、わからなくなることがあるくらい、日向との距離が近づいていきました。「こうしてほしい」「ああしてほしい」と言われなくても気持ちが乗る感覚があって、確かに一緒に歩いている感じがしました。 ──私の話なのか日向の話なのか、わからなくなる感覚というのはお芝居に良い形で作用するものなんでしょうか? そういう経験は初めてで、本作においてはすごく良かったと思いたいんですが、メンタル的には削られましたね。日向になるっていうことに対してすごく心が乱れました。 ──彩人が亡くなるまでは、ただただ絶望的な映画に思えたんですが、死後にこの映画は遺された人たちの映画なのだと感じました。岸井さんはどんな本作からどんなメッセージを受け取りましたか? 私はまだ日向の目線でしか見ることができていないんです。日向は誰かを支えている感覚を持っているわけでもなく、ただ一生懸命生きている人だと思っています。本当に大変な状態の中でも美しさを探している。「そんな人間に対してなんでこんなことが起きてしまうんだろう」という絶望的な気持ちがありました。終盤のシーンで撮影中は自分がどんな顔をしているか正直わからなかったんですが、実際にそのシーンを見た時に、きっとこれからも辛い道のりは続くんだろうけど、美しさを感じたんですよね。どんな人間でも井戸の底から見る星空や青空っていうものが確実にあるんだと思い、少しだけ光が灯る気持ちになりました。これからもう少し全体を通して向き合っていきたいと思っています。 ──内山監督に加えて、共演の磯村勇斗さんと染谷将太さんも岸井さんと同じく1992年生まれですよね。 え!? 意識してなかったです。私、年齢のことをあまり気にしていなくて、年齢というよりかは人だと思っています。内山監督の高い熱量に対して、高い熱量を持って挑む人たちが集まった幸せな現場だと思いました。映画の内容も内容なので、待ち時間に共演者の方たちとペラペラと話すことはなかったんですが、とても真摯に映画に向き合っていて、この作品に賭けている気持ちは伝わってきました。このチームで良かったと強く思いました。