遺伝情報で病気はどこまで分かる?(下)発症リスクを正確に捉えることに期待
まず、病院の医師らが医療として行う「遺伝子関連検査」と、民間企業が一般消費者に提供する「遺伝子検査サービス」に大きく分けられる。 病院で行う検査のうち、「ヒト遺伝学的検査」が自分の生まれ持った遺伝情報と病気との関係を調べる検査に当たる。ヒト遺伝学的検査のうち、保険適用されている検査は、約80の疾患(ムコ多糖症、ゴーシェ病など)に関するものがあり、すでに症状が見られる患者の診断を確定すること(確定診断)を目的としている。逆に、病気になる前に自身の遺伝情報を調べ、そこから病気のリスクを見積もる検査については、保険適用されているものがまだ日本にはない。乳がん関連遺伝子を調べる検査をする病院もあるが、現状では自由診療(自費負担)である。
民間企業などの遺伝子検査サービスについては、日本では10社が生活習慣病やがんに関する疾患リスクなどの情報を提供しているという(2015年経産省委託調査)。利用者は、唾液などを送付することで「あなたは○○病のリスクが○○倍です」などの結果を受けとるが、これは医療行為によるものではなく、あくまで“検査サービス”である。そして、ここで受け取る○○倍というリスクは、先ほどの二型糖尿病のような病気との緩やかな関連性というものであり、個人のリスクを正確に見積もった値とは言い難い。また、遺伝子を調べるにあたり、本来は専門家の十分なカウンセリングのもとに行われるべきだが、個人が直接申し込む遺伝子検査サービスではそれが難しいために、結果を知ることでかえって不安が高まるなどのリスクもある。「遺伝子検査サービスの購入を迷っている人のためにチェックリスト」として下記10点が指摘されているので、サービスを受ける前に確認したい。
遺伝情報が医療の選択肢を広げることに期待
前編で紹介したように、遺伝情報と病気を紐づける研究が現在進められている。その成果は、遺伝子検査で 病気のリスクをより正確に捉えることにつながるだろう。また、「病気のメカニズム」を理解し、新たな治療法を生み出すことにも貢献する。例えば、BRCA1遺伝子の病的バリアントが、乳がん、卵巣がん、膵がんにつながると分かったことで、BRCA1遺伝子の機能を詳しく調べる研究が行われた。その結果、この遺伝子はDNA複製時に起こるミスを修復する役割があると判明した。つまり、乳がん、卵巣がん、膵がんの原因の一つとして「DNA修復がうまくできない」ことがあるのだ。このように病気のメカニズムが明らかになると、その知見は新薬開発に生かされる。DNA修復機能に着目して開発された新薬は、乳がん治療薬として2018年に承認され、対象となる患者の新たな選択肢として病院で活用されている。 自分の遺伝情報を知ることのリスクを理解した上で、遺伝情報に基づいた病気の予防や治療の可能性に注目したい。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 宗像恵太(むなかた・けいた) 都内中学校で理科教諭として勤務の後2016年より現職。科学技術の利用を考える教育コンテンツ開発などに従事。専門は理科教育