ヤクルト・長岡秀樹を最多安打獲得に導いた村上宗隆の言葉「正直逃げていた。諦めなくてよかった」
【燕番コラム】2024年のプロ野球シーズンが終了した。ヤクルト・長岡秀樹内野手(23)はシーズン163安打を放ち、自身初のタイトルとなる最多安打を獲得。22年にゴールデングラブ賞を受賞するなど守備面での評価が高かったが、打撃でも一気に名選手の仲間入りを果たした。 【写真】様々なバリエーションの打撃練習にのぞむヤクルト・長岡秀樹 そんな長岡のタイトル獲得を後押ししたのが、2歳上の村上宗隆内野手(24)だった。22年には三冠王を達成し、今季も本塁打王(33)と打点王(86)の2冠に輝いたスワローズの主砲からのある言葉が、長岡の心に再び火をつけた。 シーズン終盤。神宮球場での練習中だった。ベンチ裏で、村上からこう声をかけられた。 「今年タイトルを取れないと、それ以降取れない可能性もある。絶対に取れ。絶対に逃げるな。ここで逃げたら来年以降、またこうなったときに逃げるだろうし、絶対今年諦めないで、絶対にここで取れ」 当時、長岡は広島・秋山、阪神・近本らとデッドヒートを繰り広げていた。安打数で抜かれることもあれば、抜き返し、また抜かれ。数字や相手と戦う毎日に精神的にも追い込まれていた。 「正直意識するのも嫌だったというか、しんどかったですよ。他の選手の成績を気にして、勝手に追い詰められる感覚が嫌で、『もういいや。別に野球人生今年だけじゃないし』と正直逃げていました。諦めていたし、諦めたかったというのが正直な気持ち。解放されたかったんです。だから、秋山さんや近本さんに、もっと打ってと思っていました」 重圧に押しつぶされそうなとき、奮い立たせてくれたのが村上だった。村上自身もあらゆるプレッシャーや期待を背負いながら、数々の偉業を成し遂げ、タイトルも獲得してきた。そんな先輩からの言葉は、長岡の胸に強く響いた。 「数多くのタイトルを取って、プレッシャーに打ち勝ってきた人の言葉に、やっぱりそうだよなと思いました。哲さん(山田)も2015年にヤクルト勢がタイトル総なめにしたとき、(川端)慎吾さんと首位打者を争っていて、『みんなで取りましょうよ』と言っていたらしいんですよ。でも、哲さんは『あのとき首位打者取っておけばよかった』と後悔しているという話を聞いて、僕も今取っておかないと、この後の野球人生後悔するから、こんなチャンスないなと思って火が付いたという感じですね」 結果的に2位・近本に3本差、秋山には5本差をつけて最多安打のタイトルを獲得。長岡は「諦めなくてよかったなと本当に思います。あの言葉は本当に助かりました」と深い感謝を口にした。