「君には、ついていけない」...認知症の人とその家族が苦しむ「辛すぎるすれ違い」とその「驚きの解決法」
「漢字が書けなくなる」、「数分前の約束も学生時代の思い出も忘れる」...アルツハイマー病とその症状は、今や誰にでも起こりうることであり、決して他人事と断じることはできない。それでも、まさか「脳外科医が若くしてアルツハイマー病に侵される」という皮肉が許されるのだろうか。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 だが、そんな過酷な「運命」に見舞われながらも、悩み、向き合い、望みを見つけたのが東大教授・若井晋とその妻・克子だ。失意のなか東大を辞し、沖縄移住などを経て立ち直るまでを記した『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子著)より、二人の旅路を抜粋してお届けしよう。 『東大教授、若年性アルツハイマーになる』連載第34回 『かつて誰よりも恐れた認知症を「発症してしまった元脳外科医」...彼が「仲間」に向けて発したメッセージの裏にある、家族だけが知る「葛藤」』より続く
ともに歩むことの難しさ
とはいえ正直に書けば、日々の晋のサポートや講演に同行するのは、私にとって楽なことではありません。そして晋は、徐々に衰えていきます。 ゆったりしたスローライフが、私たちの生活の基調となりました。 ふたりで遠出することはよくありましたが、必ず手をつなぐようにしたのも、このころです。 人ごみのなかでは晋の手に力が入ります。緊張するからでしょうか。 あるときは新宿駅で、彼が突然、大声を上げたことがありました。 駅の構内はアナウンスや足音、話し声など、騒音に満ちています。 私は気にも留めませんが、晋は音に耐えかねたのでしょうか。 彼の脳裏には、どんな風景が広がっていたのでしょう。
認知症を患っている人の本音
足腰が丈夫だった晋。かつては二段跳び・三段跳びで階段を駆け上がるので、置いてきぼりになるのは私でした。 今では晋は、注意深く一段一段上っています。そしてときどき、私にこんな抗議の声を上げます。 「君のペースにはついていけない」 「君は、やることが速すぎる」 どうしても上着を着られないことがありました。腹を立てた彼は、服を放り出してしまいました。思わずため息が漏れます。 「ああ……、もう少しで着られたのに」 「君は人のことを言いすぎる。僕は本当にアルツハイマーか?死にたい」 一緒に寄り添って歩むことの難しさを、私はつくづく思い知らされるのでした。